第13話_帝国軍は、何も知らなかった。
帝国軍は、順調に進軍していた。
補給線は完璧。
斥候からの報告も問題なし。
魔物の抵抗も、想定よりはるかに少ない。
「さすがは帝国軍だな」
先頭を進む将軍は、満足げにそう呟いた。
禁域の森――とは名ばかりだ。
これまで遭遇した魔物は、数も質も低い。
拍子抜けするほどだった。
「所詮は噂か。
弱小国家が、勝手に恐れていただけの話だ」
将軍の言葉に、周囲の騎士たちも笑う。
「このまま進め。
森を抜け次第、制圧を開始する」
帝国軍は、疑うことなく進んだ。
――その時だった。
「……将軍」
斥候の一人が、顔色を変えて戻ってくる。
「どうした」
「進行方向の森が……おかしいのです」
「おかしい?」
「……静かすぎます」
風の音がない。
鳥の鳴き声がない。
虫の羽音すら、聞こえない。
「魔物が逃げたのだろう」
そう言いかけた将軍は、言葉を止めた。
視界の先。
森の奥に、黒い影が“整列”しているのが見えた。
「……あれは」
一体や二体ではない。
十、百、いや――
「敵軍……だと?」
信じがたい光景だった。
魔物。
悪魔。
獣人。
そして、人に酷似した異形たち。
統率された軍勢が、森の中に“待っている”。
「そんな……馬鹿な」
禁域の森に、軍?
しかも、その規模は――
「数が……多すぎる」
帝国軍の兵が、ざわめき始める。
その時。
森の奥から、一歩前に出る影があった。
赤黒い鎧を纏い、堂々と立つ男。
剣も槍も持っていない。
それなのに、ただ立っているだけで、空気が重くなる。
「――止まれ」
低い声が、森全体に響いた。
「ここより先は、ルミナス王国の領域である」
将軍は、喉を鳴らした。
「名を名乗れ」
男は、ゆっくりと顔を上げる。
「我が名は、ヴァルカス」
その瞬間。
帝国軍の前線に立つ豪華なローブを身に纏った魔導師が、震える声で叫んだ。
「将軍……!
あの存在、測定不能です……!」
「何?」
「魔力量、戦闘力……
すべてが、上限を振り切っています!
これではまるで――神にも届く存在かと…」
“神”。
その言葉が、帝国軍全員の脳裏に鮮明に残っている。
「ふざけたことを言うな!見せてみろ!」
将軍は声を荒げ、測定の水晶を奪うように確認する。
「神が、軍を率いているなどありえる訳がない」
しかし確かに水晶には"測定不能"という文字だけが浮かんでいた。
「馬鹿な……、この水晶は過去に龍種だって鑑定したことがあるものだぞ!
それを超える存在など――」
「――事実だ」
ヴァルカスは、淡々と言った。
「我は、ルミナス王国軍統括。
武神ヴァルカス・ブラッドロード」
その名が告げられた瞬間。
大地が、軋んだ。
帝国軍の兵の中に、膝をつく者が現れる。
武を極めた者ほど、理解してしまった。
――勝てない。
その背後。
いつの間にか、森の上空にまで“魔物の軍勢”で満ちていた。
気づいた時には遅い。
すでに撤退することすらできない。
「……将軍」
誰かが、震えた声で言った。
「我々は……何に喧嘩を売ったのですか?」
将軍は、答えられなかった。
ただ一つ分かることがある。
――これは戦争ではない。
――処刑だ。
――――
一方、その頃。
ルミナス大要塞、玉座の間。
「始まったね」
俺は、戦場の様子を投影しながら呟いた。
「帝国軍、完全に足が止まりました」
クロウが、静かに報告する。
「予定通りです。
恐怖が、"絶望"に変わるまであと僅か」
「うん。じゃあ――」
俺は、軽く指を鳴らした。
「続きを頼むよ」
クロウは、微笑を深める。
「かしこまりました、我が主」
「帝国軍に……
いや世界に――」
その瞳が、細く光る。
「二度と忘れられない現実を、お見せいたしましょう」
帝国軍は、まだ知らない。
自分たちが、
歴史に名を刻む“敗者”になることを。
そして――
この日を境に、世界は「禁域の森」を
恐怖ではなく、畏怖と呼ぶようになることを。




