3「戯画」それはユーモアというフィルターを通して「無害化」する装置
「神妙なり!」
覚猷は絵巻を巻き取りながら、心底感心したように言った。
東の空が白み始めている。
朝霧の中、荒れ果てた船岡山が、少しだけ清浄な空気に包まれている気がした。
「滅ぼさず、封ぜず、ただ『形』を転ずとはな。 主が其の小刀、魔を祓ふ利剣か? ……かつ、手には印を結びてありしか。」
「いえ、ただの道具です。それに印だなんて……ただの『型』ですよ。大事なのは……」
繕は眼鏡を拭きながら、照れくさそうに笑った。
「対象をどう『解釈』するか、だと思います。鬼を鬼として見れば退治するしかない。でも、遊びたがっている鳥獣として見れば、戯画の箱庭で遊ばせてやればいい」
「見立て、……と、申すか。」
覚猷は顎髭を撫で、ニヤリと笑った。
「『戯画』とは、げに言ひ得たり。 浮世の憂き節も、見たてによらば、ただの戯れ。 我れらがものせんとするは、さなる『庭』なるやもしれぬ。」
繕は、覚猷のその言葉にハッとした。
戯画。それは単なる風刺ではない。
辛い現実、恐ろしい怪異、逃れられない業。
それらを笑い飛ばし、ユーモアというフィルターを通して「無害化」する装置。
それが、鳥獣戯画の本質なのだとしたら。
自分たちは今、単に妖怪退治をしているのではない。 この時代の「闇」を、笑いに変える「編集作業」をしているのだ。
繕は小さなくしゃみをした。
緊張が解けて、急に寒気が襲ってきたのだ。
「やや、不甲斐なし。正念場は、これよりぞ!」
覚猷が背中をバシバシと叩く。
「次なるは、都の大路ぞ。聞き及ぶに、夜な夜な宝を掠め回る、疾風のごとき変化が出づるとかや。」
「えぇっ……休憩なしですか?」
「休息なぞ、あるべくもなし! 筆の勢ひに乗りて、一息にものすこそ、我が流儀なれ!」
覚猷は豪快に笑いながら歩き出す。
その背中を追いながら、繕は苦笑した。
疲労は極限だが、不思議と嫌な気分ではなかった。
千年後の博物館で、手袋越しにしか触れられなかった「彼ら」を、この手で生み出しているという実感。 修復士として、矩をこえているとは思うがこれ以上の誉れはない。
「待ってください、覚猷さん!」
繕は泥だらけの靴で駆け出した。
朝日が、大小二人の影を長く伸ばしていた。
絵巻の空白は、まだまだ残っている。




