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泥の味、未来の糧


ぐぅぅぅ……。  廃屋の闇に、情けない音が響いた。  

覚猷が道端で拾った、カビた玄米の握り飯をかじろうとしている。

ぐぅぅぅぅ……。  情けない音が、廃屋の闇に響いた。  


「……はらあきてはいくさえせず、と人の言ふめれどな。」

(……腹が減ってはいくさができぬ、と言うがのう) 

覚猷かくゆうが焚き火の前で、苦々しく腹をさすった。  

彼の手にあるのは、道端で拾った芋のつると、干からびた玄米の握り飯がひとつ。

それも、カビて石のように硬くなっている。


「口に入らぬにはあらねど、これをめば、明くる日はかはやへ走らむ。 されど食はねば飢ゑ死ぬる。……あな、詮術せんすべなきことよ。」  

(食えんことはないが、これを食うと翌日は腹を下す。じゃが食わねば死ぬ。究極の選択じゃな)

平安末期の都は、飢えていた。  

日照り、洪水、そして戦乱。物流は止まり、貴族でさえ満足な食事にはありつけない。

ましてや庶民は、土壁のわらを煮て食うほどの地獄を見ていた。


「……捨ててください、それ。毒ですよ」  

栂尾 繕は、見かねて道具袋ウエストポーチを探った。  

本来は徹夜作業用の非常食として入れていた「あれ」が、まだ残っているはずだ。


「これを。一本でその握り飯十個分の栄養があります」

繕が放り投げたのは、黄色いパッケージの箱。

現代の栄養調整食品(カロリーメイト的なもの)だ。


「なに……仙人せんにんじきか」  

(なに? 仙人の食い物か)  

覚猷はおそるおそるブロックをかじり、目を剥いた。  


「こまやかなり……! いかにふかあぢなるぞ。」

(濃い……! なんと濃厚な味じゃ)

「!!」  覚猷の目がカッと見開かれた。

覚猷はむさぼるように二本目を口に入れた。  

現代人にとってはパサパサして喉が渇く非常食かもしれない。

だが、脂質とタンパク質が枯渇した平安人にとって、それは脳髄を痺れさせるほどの「生命の塊」だった。


「ふぅ……。あな、よみがへりたる心地ここちかな。」 

(ふぅ……生きた心地がしたわ)

覚猷は大事そうに残り一本を懐にしまった。


「されど、繕よ。 かかる美味びみみて育ちし行末ゆくすえの人が、 などて、かのような『ひじにまみゆる』わざをなしうるぞ?」

(だが、繕よ。こんな美味いものを食って育った未来人が、なぜあのような『泥臭い』仕事ができる?)


 繕はペットボトルの水をちびちびと飲みながら、ため息をついた。  

この時代、食料は砂金より重い。現代から持ち込んだ物資は限られている。

ここから先は、泥を啜ってでも生き延びる覚悟が必要だった。

繕は、携帯用のペットボトルの水を一口飲み、静かに答えた。

「飽食の時代だからこそ、心の飢えが見えるんです。……俺は、腹じゃなく、心が満たされない時代から来ましたから」


 覚猷はニヤリと笑い、硬い握り飯を放り投げた。

「あぢきなきの中よのう。……昔も今も、変はらじ。」

(難儀な世の中よのう。どっちの世も)


「あな、うるおひなきかな」

(なんとも、パサパサした世の中よ)

覚猷はニヤリと笑い、カビた握り飯を闇へと放り捨てた。


「されど、ちからみなぎりぬ。で立つぞ、繕。 次は『栄華えいが』にうる餓鬼がきどもに、手痛ていた説法せっぽうなぞくれてやらん!」

(だが、栄養ちからは湧いた。行こうぞ、繕。次は『権力に飢え』ているやつらを、一発殴りに行こうではないか)

立ち上がった荒法師の背中には、もはや微塵の迷いもなかった。


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