2. 朱雀大路
目が覚めたとき、強烈な腐臭が鼻をついた。 生ゴミと排泄物、そして焦げた木材の匂いが入り混じった、強烈な腐臭。
「……っ、ぐ……」
繕は激しく咳き込みながら、上半身を起こした。 アスファルトの硬さはない。
ぬるりとした泥の感触が掌に伝わる。
黒いシミに触れられたところに赤いアザが発現していて痛かった。
そして視界がぼやけ眼鏡がずれていた。
指先で位置を直すと、信じられない光景が目に飛び込んできた。
夜だった。 だが、東京の夜ではない。人工の明かりが一切ない、漆黒の闇。
その闇を、あちこちで上がる赤い炎が”ぼう”と照らしていた。
そこは燃える平安京。 道幅が28丈(約84m)もあったという朱雀大路のすぐ傍の瓦礫の中であった。 木造の平屋が建ち並ぶ大通りは荒れ果て、瓦礫が散乱していた。遠くに見える朱塗りの門は半壊し、その向こうには、現代のビル群の代わりに鬱蒼とした山影が横たわっている。
「嘘だろ……どこだ、ここ・・この道幅って・・・」
セットにしては精巧すぎる。何より、肌に突き刺さる空気の質が違う。 重く、湿っていて、濃密な死の気配を含んでいる。
ずぅぅぅぅ・・・ん。 地響きとともに、通りの向こうから「それ」が現れた。
繕は息を呑んだ。 高さは2メートル近いだろうか。 泥と瓦礫、そして人の骨らしきものが絡み合ってできた、巨大な人型。 博物館で見た「黒いシミ」が三体だ。一体は木の根を逆さにした尖った先で威嚇しようとしており、もう一体は丸い盾を持ち、もう一体は口を大きく開け威嚇していた。
『お、おお……』
巨人たちは呻き声を上げながら、家屋を薙ぎ払って進んでくる。 触れた柱は瞬時に腐り落ち、土壁はドロドロに融解していく。
――逃げなければ。 頭では分かっているのに、足がすくんで動かない。 それにもまして繕の<眼>が、勝手に人型の”ありよう”を解析し始めていたからだ。おいおい、なぜ普段見えるよりも多く ”ありよう”がさらに詳しくみえるんだ。
【対象:高濃度怨念集合体】
【構成素材:死者の未練70%、土地の穢れ20%、物理的汚泥10%】
【状態:極めて不安定。接触すれば有機物は即時分解】
「分解……死ぬってことかよ!」
繕は震える膝を叱咤して立ち上がろうとした。




