3 一人で背負うな! わしが支えとなろう!
「よし、弓は片付いた! あとは水龍だ!」
繕は着地し、未だ暴れる水龍を見上げた。
射手がいなくなり、制御を失った水龍は、小さくなりながらも、ただの質量の塊となって崩れ落ちようとしていた。
このままでは、浄化され小さくなったとはいえ、大量の水が下流の村を押し流してしまう。
「これ、繕! 此の水勢、いかが為んとする! 我が法力とて、支へかねるぞ!」
(おい繕! この水どうするつもりじゃ! わしの法力でも支えきれんぞ!)
覚猷が泥だらけの顔で叫ぶ。
「絵巻で吸い取りましょう!」
「はあ? 何を、睡り言を!」
(はあ? 何を寝ぼけたことを!)
「修復では、水の害の基本は、吸水乾燥です!」
「はあ?」
繕は懐から、あの絵巻を取り出した。
鳥獣戯画、甲巻。
和紙だ。
最高級の楮で漉かれた紙は、優れた吸水性を持つ。
だが、もちろん物理的にこの洪水を吸いきれるわけがない。
必要なのはイメージだ。
この怪異が産んだ濁流を「害悪」ではなく、「恵み」に、そして厳しい自然界の掟を忘れ、鳥獣たちが種族を超えて仲良く遊んでいける平和な水場のイメージ。
「水龍よ、この時代の『絶望』から解き放たん! お前はもう、誰かを溺れさせる濁流じゃない!
絶望によって行き場を失った大量の言霊を解き放つ!」
繕は、水龍の足元――覚猷が作った泥の堤防の上で絵巻を広げた。
ざざぁぁぁ……。
繕の「言の葉」によって、水龍が崩れる。
その膨大な水エネルギーのイメージが、繕の手を通して絵巻へと流れ込む。
重い。ものすごく重い。
小さな体には、あまりにも過酷な負荷だ。
「ぐ、うぅぅぅッ!だめだ・・。」
小さな腕の骨がきしむ音がする。 まるで滝を両手で受け止めているような重圧。
まさに押し流されんとした刹那、
「繕!」
覚猷が背後から繕の小さな体を包み込むように体を支えた。
「独りして負ふな! 我が支へとならん」
(一人で背負うな! わしが支えとなろう!)
「覚猷さん……!」
「二人して撑へなば、奔流なぞ恐るるに足らず! 踏み堪へよ、童!」
(二人で支えりゃ、濁流など恐るるに足らん!踏ん張れ、小僧!)
覚猷の体を通して、荒ぶる水の気のイメージが濾過されていく。
泥が沈殿し、毒が抜けていき、純粋で――清らかな水へと変わる。
繕は、めくるめく意識の中で、絵巻の中に新たな墨絵が生まれるのを見た。
川に飛び込もうとしているウサギが片手で自分の「鼻」をつまんで飛び込み、ウサギと猿が、鹿の体をゴシゴシと洗っている。猿に背中を繕わせている猿。それに杓子で水をかけようとするウサギ。
近くではざんぶと飛び込み半身が見えないものもいる。泳いでいる猿がいて、泳ぎが得意な者と苦手な者がいるような生活感あふれる川遊びをする動物たち。 水浴びをするウサギ。 鹿に乗馬するウサギに水をかける猿。 そこにある水は、命を奪うものではない。
汗を流し、体を冷やし、喉を潤す「遊び場」としての水だ。
厳しい自然界の掟(食う・食われる)を忘れ、種族を超えて仲良く遊んでいる平和な世界が描かれていた。
しゅわぁぁぁ……。
巨大な水龍は、美しい霧となって四散した。
雲が割れ、一条の光が差し込む。
氾濫していた賀茂川の水位が、さらにみるみるうちに下がっていく。
後には、洗われたばかりのような美しい砂利の河原が残された。




