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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

動物は大切だろ?

 東京某所の繁華街。  極彩色の如く輝くその街は普段通りに賑わっていた。笑い声や怒号に紛れて緊急車両のサイレンが鳴り響く。そんな活気に反して、くたびれたスーツを身に纏い一人背を曲げ拙く重い足取りでどこかに向かう男がいた。  姓は佐野、名は貴志という。人々の喧騒の流れを逆行するように貴志は長い仕事の拘束時間から家路へとついていた。貴志は特段これといった趣味などは無かったが、毎日仕事帰りに足繁く通う場所があり、そこは家から百メートルと離れていないと公園である。


 日中は主婦やら子供やらが楽しく遊ぶ場だが、貴志が帰る時間帯には静寂と少しの街灯で薄明るく照らされたしんみりする場所に変わる。

 

 その公園に貴志が通う理由はたった一つ、そこに毎日いる野良の黒猫だった。貴志は普段の不満やストレス、将来への不安をその黒猫の穏やかで気ままな性格を羨望とも取れる感情で緩和していた。

 いつも通りコンビニで猫用のおやつと自分用のビールをコンビニで買いその公園に向かった。ようやくその公園が目に入る距離まで来て、貴志の頬が少し緩んだ。道中重かった足が、ふわっと軽くなる。自然と体が前へ前へと吸い込まれる感覚だった。


 そうして公園に入り、黒猫がいるいつものベンチに向かうがその姿がどうにもベンチに見当たらない。不思議に思い、軽く辺りを見回していると微かにあの猫の声が聞こえてきた。貴志はその声に導かれ、スーツを着ているのも忘れてガサガサと茂みに入っていった。随分と声が近くに感じるようになった頃、下の方にいつもの黒猫の姿を見つけた。  黒猫は横たわり、腹で何かが蠢いていた。貴志は目を凝らし、蠢くモノを観察した。その正体はすぐに分かった。この世に生を受けて間もない母猫によく似た黒いとても小さい子猫だ。貴志は薄々勘づいていたがまさか出産が近いとは思いもせず、その日の疲れも吹き飛ばし柄にもなく大いに声をあげて喜んだ。


「お前もしかして今日産んだのか?!おめでとう!良かったなぁ」


そうなればと貴志は急いで家に向かい、使ってない毛布や座布団を急いで取りに帰り、直ぐに荷物を抱え足早に公園へと戻った。 (これあげたら喜んでくれるかなぁ、寛いでくれるかなぁ)


と妄想を膨らませた貴志はさっき居た茂みの前に差し掛かった。


 入ろうと茂みに近づく足の下でグニッとした気持ちの悪い感触があった。思わず貴志は


「うわぁっ!」


と声を上げ、それを蹴飛ばし遠ざけた。驚きのあまり腰が引けそうになるもそれを確認しようと近くに寄ってみた貴志はそこで一瞬にして大きな後悔と恐怖を感じ、それに対して理解不能な感情に襲われた。


 貴志が驚きのあまり蹴飛ばし遠ざけたものは先程まで愛情を注ぎ、癒しを与えてもらっていた黒猫だった。頭部が形容し難いほどに潰れ、辺り一面黒猫のものであろう血が飛び散っていた。


(どうやってこんな事に?誰がこんな事に?どうしてこんな事に?)


と沢山の思考が貴志の脳内を駆け巡った。思考が追いつかない。


 そうしている内に、笑い声が貴志の耳に届いた。複数人の若者が顔を赤らめながら酒を片手に談笑していた。


「あの汚ぇ猫俺に擦り付いてきやがった!でももう安心!俺が片付けたからな、俺は社会の掃除屋だ!」


と大口を開けて笑っていた。


 貴志はそれを聞いた瞬間にその若者グループに走っていった。


「お前達がやったのか」


そう問いかける貴志に若者グループの一人が、誇らしげに肯定した。


 貴志の中で何かが切れた音がした。貴志は慣れない拳を若者に放った。しかし、喧嘩もした事もなければ普段の疲れが溜まりきってる体でまともに戦える訳もなく、若者グループに数分で制圧されてしまった。殴り蹴られてボロボロになった貴志を横目に笑いながら若者グループは去っていった


 痛みに襲われ続ける体を引きずり、黒猫のもとへ歩み寄る。それが現実だという絶望が、体の痛みとあの若者グループの笑い声としてタカシに覆いかぶさった。  母親である黒猫の近くにいた子猫は母親がいない恐怖に脅えているのかじっとして息を殺し動かない。


 そんな子猫を抱えて貴志はまた、あの重く拙い足取りで家路についた。家に戻り、冷蔵庫にあったミルクを子猫に与え、その晩は眠りについた。


 翌朝、貴志は会社に休む旨の電話を入れ病院に向かい、警察に被害届を出しに行った。その帰りの道中に花を買い、黒猫が亡くなった茂みの前にそっと置いて帰った。そうして大きなものを失って茫然とした貴志は家の中で虚空を見つめて何もせず過ごした。昨日の事件の時間に何故か眠気がどっと貴志に重くのしかかった。


「疲れた。寝よう。」


そう貴志はぼそっと呟くと瞼を静かにおろした。


 眠りについた貴志の夢にあの黒猫が出てきた。ありがとうとでも言いたげな穏やかな表情でこちらをただ静かに見つめるだけ。翌朝、何故かとても清々しい気分で貴志は目覚め、起きて直ぐに警察に被害届を取り下げる事を電話で伝えた。警察は驚き、本当にいいのかと再三確認してきた。貴志自身でもなぜ取り下げるのかは分からなかった。確かに恨みつらみはある。しかし、夢の中で黒猫に感謝されたからなのかもしれない。そうして、またいつも通りの日常に戻っていった。


 朝のアラームで目を覚まし、トイレや朝食、会社の準備をテキパキとこなす。子猫が昼間お腹を空かせないように、朝が弱いのであろうまだ動かない子猫の前にそっと置く。そして出勤。夜は公園の茂みの前で黙祷を捧げ、すれ違うパトカーに一瞥しながらにこやかに帰る。そしてまた朝が来る。


 そんなある日、貴志はアラームじゃなくて、来客のチャイムで目が覚めた。


(誰だろう?こんなに朝早くに。)


アラームが何度も鳴り、玄関の扉が強く叩かれる。


(せっかちな客人だなぁ。)


 貴志は頭をポリポリと掻きながら眉をひそめて玄関を開ける。


「〇〇警察署のものです。佐野貴志さんですね?先日頭部が切り離され潰された遺体があなたが暴行された公園で発見しました。お分かりですよね?貴方を暴行したグループです。あなたは現在、殺人罪と死体損壊・遺棄罪の容疑で逮捕状が出ています。署までご同行頂きます。」


 その言葉を聞いた貴志は合点がいった表情で答えた。


「嗚呼、早かったな。でも動物を大切にしなかったあいつらのせいだよね。動物は大切だろ?」


 キョトンとした顔で警察に問いかける貴志はそれに続いて、部屋にある子猫を保護してくださいと頼んだ。

警官は部屋から漂う死体が腐った匂いに顔を顰めながらもそれに同意した。


「先輩、この子猫の死体は今処理するんですか?」


「いや、とりあえず応援を呼ぼう」


そうして貴志は警官が乗ってきた車に乗せられた。

 署に向かう道中、車の中で貴志は薄気味悪い笑い声を静かに発していた。


 そんな貴志は今現在、心神喪失により無罪、精神病棟に隔離されていると言う。


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