神隠しの村
サーバーから逃れられないと悟った俺は、戦略を変えた。恐怖の根源、その正体を突き止めれば、あるいは、対抗策が見つかるかもしれない。俺は、あの美しいウェブサイトに記されていた採水地、「神水村」と「龍神の井戸」について、徹底的に調べ始めた。
検索エンジンにキーワードを打ち込んでも、出てくるのはアクア・エデン社の広告サイトや、提灯記事のようなブログばかり。だが、俺はシステムエンジニアだ。情報の海から、必要な欠片を拾い上げる術は心得ている。検索期間を数十年前まで遡り、地方の新聞社がデジタル化した過去の記事データベースを、夜を徹して検索した。
そして、見つけた。
昭和五十八年八月十三日。地方紙のベタ記事だった。
『山村で住民が集団失踪か 長野県神水村で三十七名の足取り途絶える』
記事によれば、外部との交流がほとんどなかった山奥の神水村の住民全員が、ある日を境に、忽然と姿を消したという。家々には生活の痕跡が残されたままで、争った跡もなく、事件性は低いとされた。警察は大規模な山狩りを行ったが、誰一人として発見できず、捜査は事実上打ち切られ、日本の現代史における未解決事件の一つとして、記録されていた。
俺は、背筋が凍るのを感じた。この記事には、もう一つ、重要な記述があった。失踪事件のあったその夏、神水村周辺は、記録的な大干ばつに見舞われていたという。
さらに調査を進めると、ある郷土史研究家が運営する、古びた個人ブログにたどり着いた。そのブログには、神水村に古くから伝わる「龍神信仰」についての詳細な考察が記されていた。
『…神水村の信仰の核は、「龍神の井戸」と呼ばれる涸れることのない井戸である。村の伝承によれば、この井戸は地の底の龍神に通じており、村に大いなる渇き、すなわち干ばつが訪れた時、村人は龍神の怒りを鎮めるための儀式を行ったという。それは、村人の中から選ばれた生贄が、井戸にその身を捧げ、自らが「水」そのものとなって龍神と一体化し、村に潤いをもたらすという、人身御供の風習であった…』
失踪した三十七人の村人たち。彼らは、昭和最後の大干ばつを乗り越えるため、全員が、自ら生贄となって「龍神の井戸」に身を投げたのではないか。そして、アクア・エデン社は、その、三十七人の魂が溶け込んだ呪いの水を、『奇跡の水』と偽って、全国に売りさばいているのだ。
俺たち契約者は、新たな「潤い」を求める、井戸の底の亡者たちにとって、次なる生贄候補なのだ。すべてのピースが繋がり、おぞましい結論に達した時、俺の部屋のインターホンが鳴った。
ドアスコープを覗くと、アクア・エデン社の、あの能面のような顔の配達員が立っていた。新しい水のボトルを届けに来たのだ。俺は居留守を使おうとした。だが、男は、まるで俺がそこにいることを知っているかのように、ドアに向かって、静かに語りかけてきた。
「相田様。新しいお水をお届けにまいりました。中のお水も、もうすぐ尽きてしまいますでしょう? …あなたの渇きは、我々にしか癒やせませんよ」
ドアノブが、ガチャリ、と、内側からゆっくりと回り始めた。




