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第七話 魔導士と傭兵

 キュリシカと別れてしばらく、恐ろしいほど順調に館を進む。

実際に見て理解したが、税は上がったはずなのに、館の中の物は昔より明らかに少ない。


 ウェルスを操る傭兵、恐らくこの街の財源を吸い尽くす気であったか。


 肌に貼り付く気配が上階に進むほど強くなる。本来であれば雇われている側にも関わらず、自分の城のように上階でふんぞり返るとは。


「……来てやったぞ、小童」

「お早い到着だな、勇者パーティの魔導士殿」


 ニヤニヤと笑うのは、顔全体に焼かれた傷のある男。あれは大罪人に刻まれる焼印だったはずだ。


 焼印が付いていると言う事は、死ぬまで牢に繋がれると同義。

どのようにしてこの街に流れ着いたのか、だが何より先に確認するのは、一つ。


「ウェルスに取り入るために、商人とテンダーの使用人を金で買ったな?」

「やはり鋭い、流石は勇者の教育係だ」

「胸糞の悪い男よ」


 感情に呑まれるな。

これはクロードに常に言って聞かせた、大切な言魂だ。


だが今は、大切な親を失い、他者を信じる心を利用された、子供の優しい心を踏み躙ったこの男への憎悪が先走る。


「オレが憎いか」

「だとすれば、何だと言う?」

「それが俺の狙いだよ!」


 高笑いをする男の顔が歪んだ。いや……歪んでおるのは視界の方か。

言葉の端を捕えるのにも頭を使う今の状況、これは魔道具の力に違いない。


「勇者の側に常に居る魔導士!そいつが実はパーティ最強ってのはあのガキから聞いてなあ!」

「うぇるす、か」

「べらべらと語ってくれた武勇伝、初めはおかしな事をと思ったが……調べてみれば全てが事実!そんなお前に精神支配をかけて操れば、勇者もこの国も俺様のものだ!!!」


 言葉の輪郭が曖昧になり、呂律が回らなくなる。

――認識阻害。

空間と肉体の両方に干渉し常に作用させる何か……そう、例えば……香油か。


「……」

「俺様にかかればこんな物さ、いくら強いとは言え爺さん一人駒にするなんてワケはねえ」

「……甘い」

「何?」

「全て甘い、愚か者が」


 そうか、これが憎しみに働きかける術。ならば簡単だ。

静かに呼吸を整え、服の下に忍ばせていた短刃を手の甲に突き立てた。


手のひらを貫通する熱さと痛みがあれば、操られるような事はない。仮に体術戦となっても利き手さえ使えればどうにでもなろう。


「自分の手を?狂ってるのか!」

「本当に愚かな奴よ」


 精神支配を防ぐためとはいえ、自らの掌を刃で貫く者など、まずおるまい。


 だが、その認識が甘いと言っておるのだ。

戦場においてするべきは、己を守るよりも長く戦う事。

腐っても傭兵を名乗るならば知っているだろうに。

 

 ここまで愚かであれば、最早教え解く事すら必要ないと見た。


「テンダーの倅を奪い、街の財を奪い、ウェルスの心を支配しようとした貴様に似合いの最期をくれてやろう」

「ヒッ……」


 文字通り、こやつの性根に相応しい最期をくれてやるならば奴が適任か。

あまり呼びたくは無いが仕方あるまい。


「此れは火猫よりも悪しき者を嫌うぞ?《籠絡し、攫え、鳶》」


 一度に二本の掛け軸を使うのは、ちと体に堪えるが仕方あるまい。

 ワシもそれほど怒りを感じているという事か、キュリシカにばかり小言を言ってはおれんなあ。


『久しぶりに呼び出す位ならその刃物を抜いてから呼べ』

「な、なんだコイツ、喋る、鳥?」

『臭え口を閉じろ』

「ッ!?」


 かつて罪人を喰らった伝説の鳥を描いた掛け軸、敵となれば手持ちの中でも一際手強い。


 しかし、ワシはまだ指示も出しておらぬというのに相変わらず勝手に動き回る鳥だ。文句の一つでも言わせてもらおう。


「口を封じるな、これでは魔道具を貸し与えた者が誰かも聞けぬ」

『外にいるお仲間にでも聞いたらどうだいジコン、俺は他と違って自由な芸術なんでね』

「火猫を呼んでも良いぞ」

『さぁてと!仕事しますか!』


 本当に調子のいいやつめ。

いや、それ以上に調子が良いのは涙を溜めるこの男か。

他者の行く末を慮る事の出来ぬ者が、自身の行く末は気になるとは。


「鳶よ、お主ならばこの男をどうする」

『ハハっ!こんなデカくて臭い体食べたくないね!……ネズミならば可愛げもあるし食いやすい』


 極悪非道を働いた罪人、それを弄び喰らうものが鳶の本性。

紡がれる言葉を聞いた男の、体の奥深くから軋むような音が漏れ、姿がゆっくりと変わっていく。


肉体の輪郭が歪み、やがて一匹のネズミがそこに立っていた。こればかりは何度見ても慣れぬものだ。

 

『俺が喰うのは、心底腐った奴だけだ。嬉しいかい? お前はその“資格”がある』

「遊んでおらんで早く終わらせてやれ」

『はいはい……やっぱり胃もたれしないようにネズミにするのが一番だな!』


 ネズミの体を一口で丸呑みにした鳶が、まるで不遜な笑みを浮かべているような声で笑う。

その食の好みだけは残り短い人生、死ぬまで分かりたくないものだ。


『お前が悪道に落ちたらいつでも食ってやる、楽しみにしてるぞ』

「夢想は見ている内が一番だ」


 墨に溶け、掛け軸へと戻った鳶を厳重に仕舞ってやると、館の中の重苦しい空気が晴れる。


 主人を失った魔道具や香油が役目を終えたのだろう。キュリシカの元へ早く戻ってやらなくては。


 重い足を引き摺るように扉へ向かおうとするが、閉まり切った窓が風に押されるように開け放たれた。

風……? いや、これは――。

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