幕間 少年と英雄
「おじいさま!もう一回!ジコンさまのお話ししてください!」
「ウェルス、ジコンばかりでじいじちょっと寂しい」
大きな貿易を国に認められるトラド。
その街の領主はよく息子を祖父に預け、日夜働きにまわっていた。
素晴らしい人物と、誰からも褒められる父と祖父、そんな二人が尊敬する一人の英雄の物語。
少年は、その物語をまるで神話のように感じていた。
「そうだウェルス、この後ジコンが街に来るぞ」
「ほんとですか!」
「国から勇者の育成を命じられたらしい、後学の為にこの街を見せたいと言うことだ」
「ジコンさまが勇者ではないの?」
祖父は驚いたように笑った。まさかそんな勘違いをするとは思っていなかったのかもしれない。
「おじいさま、ジコンさまはいつくるのですか!」
「まあまあ落ち着きなさい、今に……ほら」
館に来訪者を知らせる鐘の音が鳴り響く。
椅子から降りた少年は、祖父の言葉も聞かずに館から飛び出した。
一番に出迎えなければ!
しかし、興奮が勝った足がもつれ、門へと続く石階段を転げ落ちようとした時だった。
少年の鼻に、東国の商人が売り込みに来た事のある花の香りが届く。
「大丈夫か」
「……ジコンさまだ」
「ワシの名前を知っていると言う事は、君がテンダーの孫だな?」
少年を抱き抱え微笑む姿は、彼が聴かせられてきたどの物語よりも優しさに満ちていた。
しばらく呆けていた少年が下に視線を移すと、おそらく勇者であろう少し年上の子供が少年を驚いたように見つめている。
「ジコン先生!その子は大丈夫?」
「クロードは誰か呼んできてくれるか、怪我をしていては大変だ」
「うん!えっと……すぐ戻るから待っててね!」
ほんの少しだけ、少年は勇者に嫉妬をした。
醜態を見せてしまった自分より、背丈も高く落ち着いた様子。それに比べれば自分はなんと恥ずかしい事か。
少年の目が潤んだのを見て、英雄ーージコンはそっと頭に手を置いた。
「驚いただろう、しかしよく泣かなかったな」
「ぼく、おどろいてなんか」
「クロードはなあ、先日石畳に頭を打ち付けて大泣きしたところだったぞ?」
思い出し笑いをする姿を見つめながら、彼がいつまでもここにいてくれたらと願った。
母を早くに亡くし、仕事が忙しく家に父がいない少年にとって、英雄の物語だけが心の拠り所なのだから。
「ジコンさま、いつまでこちらにいるんですか?」
「……あまり長くは居られぬが、折を見てまた顔を出そう」
「ほんとですか!もしもまたこのまちに来たら、ぼくもなかまにしてください!」
少年は夢見心地でその日を過ごした。
だが現実は、時として容赦ない。
彼の父の訃報が届いたのは、その翌日のことだった。