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第五話 老魔導士と綻び

 文字通り濡れ鼠の状態だったが、ルイドからの長い説教とタオルをもらったおかげですっかり乾いてくれた。

これから向かう場所のことも考えればその方が都合はいいが。


「キュリシカ、本当についてくるのか」

「はあぁ?ここまできて留守番しまーす。なんて都合のいいこと言うか!」


 言葉の棘が減った代わりに妙な遠慮も消えたように見える。いつまでも他人行儀では警戒も解けぬから良いのだが。


「で?どこに行くってんだよ、外は傭兵まみれだろ……まさかまたあの変な水出すんじゃねえだろうなジジイ!」

「それも考えたが他の方法で行った方が向こうにも迷惑は掛からんだろ」

「それなら馬車を出しますから使ってくださいよ師匠、衛兵の馬車まで覗き込んだりしないでしょう」


 そういうことであれば言葉に甘えるとしよう。

ルイドが手配してくれた馬車は、街の裏手を抜ける静かな道を進んでいく。


 かつてのこの街の領主、ウェルスの祖父であるテンダーは、領民の心に寄り添う当時の他領の領主からすれば珍しい男だった。


 少なくとも今の状況をよしとする性根で無いのは確かだ。

あやつならば若い頃に縁を紡いでいる分、ウェルスに何があったか聞くには手っ取り早い。


「なあジジイ、これどこに行くんだよ」

「この街の元領主の屋敷にな、気をつけるんだぞキュリシカ」

「ガキじゃねえんだぞ」


 ワシからすれば充分子供なんだが、そう言うことではないのだがなあ。

あやつはなんと言うか、悪い癖のあるやつだが言っても理解はできんだろう。


「ジコン殿、到着しました」

「ありがとう、ルイドによろしく頼む」

「はい!お気をつけて!」


 馬車を降りて門に向かう頃には、どこからか微かな咳の音が聞こえていた。 


そしてその足音——まるで地響きのようなそれに、かつての豪胆な男の影を思い出しかけた瞬間だった。


……キュリシカを後ろに避けておくか。


「ジコン!久しぶりだな!」

「咳が聞こえたぞ、そんなに大股で歩いて大丈夫かお主」

「お前みたいにまだ弱ってないから安心しろ!それよりその子は!孫か!」

「テンダー、落ち着け」

「いつのまに結婚……ごふっ」


 咳き込んだかと思えば、テンダーの口元から赤が飛んだ。服にも、地面にも。


 「悪いなあ!最近こんな調子でどうにも動き辛い!」


 大笑いするテンダーに、キュリシカがわずかに震えて一歩下がるのが見えた。

 ……笑い飛ばすのは昔から変わらんが、これはさすがに。


 胸の奥がざらつく。

 これほどの出血を冗談で済ませるなど、やはり尋常ではあるまい


「ジコン、お前がここにきたと言うことはウェルスの事だな」

「見違えた、と言うのが正しいのか……何があった?」


 吐いた血を袖で拭うテンダーの顔は、まるで影を落としたように青ざめていた。

あの豪胆な男に、こんな顔をさせるのは病だけではあるまい。


 息子の姿がない。答えは、そこにある気はするが。


「中に入ってくれ、お嬢ちゃんもどうぞ」

「お、ぁ、はい」

「困っておるだろうが」


 突然の距離感に、ワシと出会った時のような態度が消えるほど挙動不審になっておる。

 可哀想だがとにかく今は中に入れてもらおう。


◇ ◇ ◇


「それで、何があった?確かこの屋敷には執事やメイドもいただろう」

「全てウェルスが追い出してしまった」


 なんということを。

病魔に侵された老人を一人屋敷に置く子ではなかった筈だ。

 静まり返った部屋で、まるでテンダーを殺そうとでもしているような行動では無いか。


「……勇者殿を連れて来たお前が帰った翌朝だ。あいつ——私の倅は殺された。金をせびりに来た商人に、だ」


 言葉に棘はなく、ただ乾いているように聞こえる。

 静まり返った屋敷で、その一言は重く響く。


「執事も、メイドも……その後すぐにウェルスが皆を追い出した。私も殺されかけたんだよ、屋敷の中で」


 冗談のように笑うが、キュリシカの表情が引きつるのがわかった。

 確かに笑える話ではない。


「……優しい子だった、倅は領民も商人も、誰の名前も忘れなかったほどに」


 懐かしむように目を細めるテンダーに、誰よりも誠実だった奴の息子の姿が重なる。


「ジコン、お前の冒険譚をウェルスは目を輝かせて聞いていたぞ。僕も一緒に冒険したい”と、よく言ったものだ……そうだったんだがなあ」


 重くのしかかるような声は、病だけのものではあるまい。

しかし、話を聞いてしまった今確信したこともあった。

 不自然なほどの転落には裏がある。


「そうだ!お前が来た時はなあ!勇者殿ばかりがお前と話していると拗ねてしまって大変だったぞ!僕がもっとはなしたいのに!なんてな!」

「あの」

「ん?どうしたお嬢ちゃん」

「オレはやっぱり納得できねえ、それって仇にやり返したら終わりじゃねえのか」


 先ほどの子供を思い出しているだけでは無い、自分の生きてきた環境も今の言葉を絞り出す要因となったのか。


「ジコン、勇者殿と行動を共にしていない理由は分からんがちょうどいい」

「……改まってどうした」

「私は事件以降ウェルスの側にいる傭兵が怪しいとにらんでいる、実際にアレがやってきてから様子がおかしくてな」


 なるほど、直々の依頼という訳だ。

旧知の仲、その上知った子供が卑怯な輩の手で転がされようとしているのならば知らぬ振りもできまい。


 それにこの街も元は、領主と共に貧困にあえぐ者達を救ってきた者の集まりだ。


「分かった、その依頼受けよう」

「そうか!報酬は……」

「報酬はキュリシカを雇うではどうか?」

「は!?ジジイ、何言ってんだ!」


 (このまま放っておけば、また元の盗賊生活になるのは目に見えておる……)


 目を丸くしてこちらを見るキュリシカには悪いが、そろそろ老人のわがままに付き合わせるよりも、まともな職を見つけてやるほうが良いだろう。

 

「勝手に決めるなジジイ!」

「お前の鈍さ、変わらんな」


 報酬としてはキュリシカにいい方向に転ぶとは思うが、とにかく今は万全の準備をするのが先決だろう。


さて、老いぼれの出る幕はこれからというところか。


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