第三話 老魔導士とキュリシカ
「ではこやつらは任せたぞ、ルイド」
「任せてください……お前らまずは筋肉を鍛えろ!筋肉こそが高潔な魂を作る!」
相変わらずじゃなお主。
一時は“筋肉の鬼”とまで呼ばれたルイドならば、あの二人も仮に辛くなったところで反抗する気は消え失せるだろう。
問題は──キュリシカ。仏頂面で動こうとしておらん。
「クソジジイ、オレはついて行くなんて言って……」
「《浮け》」
「ぎゃっ!?」
「さて、このまま行くか自分の足で歩くか選ぶと良い」
顔を赤くしたり青くしたり忙しないモンだ。
このままで良いと言うことならば進ませてもらおうかの。
「クソ!待てよ!」
「言いたい事があるなら言葉にしなさい」
「……アルキマス」
「よろしい」
渋々ではあるがきちんと隣を歩くなら良し。
まずは宿の確保かとも思ったが、腹の虫の音が見事に鳴り響いた。
なるほど、盗賊であったならば食事を取るのも必ずと言うものではなかったか。
ワシもまだまだ細かな気付きが遅いということだな。
「キュリシカ、食事にするか」
「名前で呼ぶなクソうぜえ!」
「その“クソ”というのは余計だな」
口の悪さはこれから直していけばよい、働く場所によっては強みにもなるが年頃の子供からクソは少々な。
朝市の香ばしい匂いに導かれながら歩く。ふと、キュリシカの足が止まった。
視線の先には──氷果。
少し寒くはあるが、それも一つの楽しみ方か。
「どれ、この氷果をもらおうか」
「あ゛!?誰も欲しいなんて言って……」
「果物を凍らせて削る、繊細な仕事だぞ?」
「くだものッ」
「その上ふわふわした食感か、ワシ一人で食ようかの」
「仕方ないから食べてやる!」
素直じゃないのう。
だが、できあがった橙色の氷を見つめる目は、年相応の少女にしか見えんな。
こうした顔が常からできる環境、それを整えてやれるのは大人だというのに、魔王討伐の旅はできてもワシらにはあと一歩が足らん。
「キュリシカ、椅子があるのだから座って食べなさい」
「硬い事言うなよクソジジイ」
「浮──」
「すわる!!」
浮くのはよほど嫌か、クロードは旅の途中で浮かせてやると喜んだがなぁ。
──だが、久しぶりに訪れたこの街。
表面上の活気があるとは言えかつての賑わいはなく、空気が張り詰めておる。
商人たちの表情もどこか強張っておるな。
「この街をどう思う?」
「はぁ?眩しくてクソむかつく」
「お前さんなぁ」
「きらきらしたトコ、オレは嫌いだ」
過去に何かあったのだろうが、それを言わせては意味がない。
他人に言われてそのまま行動したものを本心とは言えんだろう。
自分から過去を話して思いを引き出さなければ。
「ジジイ金出せ、もう一個」
「もう食べ終わったのか、もう少しゆっくりと食べればよいものを」
「急がないと全部無くなっちまうだろ」
「……そうさなあ、ゆっくりと進み過ぎると手をすり抜ける物は多い」
歳を追うごとにそれは理解しているが、最近は腰の痛みも合わせてそう思うことが増えた気がするが。
気付かないふりをし続けるのも、それこそクロードに言わせれば無茶だったのだろうな。
「……ジジイ、あんたのアレなんだよ」
「アレ?老人にアレはますます通じぬぞ」
「だああ!あの《浮け》ってやつだよ!あんな魔法聞いたことねえ!」
なるほど、言魂のことを言っておったか。
浮かせられることへの打開策でも見つけたいだろうが言って理解できるものでもあるまいし、純粋な興味かもしれん。
それに、もし分かったところで使う魔力も違うのだから無理というものか。
「言魂はワシが暮らしていた国の秘術だ」
「秘術ぅ?大道芸か?」
「それは奇術だな……例えばの話だが」
この世界にあるすべての物、動物、無機物、植物、全てに共通するのは魂。
この国よりもはるか東、とある国には全てのものに魂が宿ると考えられておる。
そこで考案されたのは、自身の魂を言葉に浸透させ支配し、己のモノと変えて動かすという事。
「言葉にするのは簡単だが、使いこなすのは容易くない。魂を傷つけかねぬ、命のその先に関わるような修行が必要になる」
「魂って……」
「簡単に言えば命のその先、ジコンという存在を失くす……なんてのう。」
「……それって、命懸けじゃねーか。あんた頭おかしいのか?」
引いておるなあ。
怖がらせ過ぎるのは良くないが、キュリシカが間違えても真似をしないようにしなければ。
さほど深刻にしたつもりはないが。さて、怖がらせたのならば一つ詫びにいいものを見せてやるか。
「キュリシカ、これが何か分かるか?」
「なんだそれ、ずっと腰に巻いてるやつだろ……筒?」
「これは掛け軸と言ってな、《魂を分かつ眠り火猫よ》」
「ぎゃっ!?なんだこいつ!燃えて、クソジジイ!火を消せ!」
突然紙から飛び出した猫が燃えとれば当然の反応よな。
眠りを妨げてしもうたか、迷惑そうな顔をしとる火猫には後で炭でもくれてやらねば。
「元から燃えとるんだその猫は、撫でてみるといい」
「……熱くないし、ふわふわしてる」
「火猫は害のある者を燃え盛る火炎となりて焼き尽くす。という伝承があってな」
つまりキュリシカに害はないと、火猫自身が判断して火炎の量を抑えておるならばそういうことだろう。
このまま少しずつきっかけを作り距離を近づける事ができるならば、それが一番いいのであろうが……。
「このガキ!また盗りやがったな!?」
「……ほんと、きらきらした場所はクソだ。何もかも偽物みたいでよ」
「さて──見過ごすには少々、声が大きすぎるな」
すぐ近くから聞こえてくる怒号。この騒ぎ、何やら只事ではなさそうだ。