老魔導士と異質の竜
止まる事なく走り続けて一時間と言ったところか、ようやく目の前にテルタへ続く門が見える。
幼子の呼吸は、出発時に比べて幾分か安定している。だが、代わりに疲労の限界を迎えているのはワシのほうか。
しかし、運だけは良いものだ。
ただならぬ気配でも感じた門番たちが走ってくるのが見える。
「ご老人!どうされましたか!」
「すまぬがこの子……ワシの孫が怪我をしてしまってな」
「お孫さんが、まさかホーンラットに?」
「それとはまた別でなあ、宿を貸してくれんかね」
「もちろん!今回は手続きを省略しますので直ぐに宿へ!」
なんとも手際がいいものだ。
薬の手配や宿への連絡も随分と早い。幼子を運ぼうとする門番には断りを入れるが、これならばキュリシカとウェルスも特徴を言えば直ぐに入れてもらえるだろう。
さて、この子の命もこれで繋がると良いが。
「テルタには医師が駐在していません、次の都市から呼ぶにしても到着は明日の夜になってしまいます」
「心配には及ばんよ、トラドで薬は貰っておる」
「良かった、自分はモルスと言います!お困りごとがあれば何でも仰ってください!」
年若い門番――モルスがワシの荷物を持ちながら、テルタの説明を丁寧に始める。
宿までの案内は助かるが、傷を見るには少々困るな。
実直な若者には悪いが……少しばかり、都合よく動いてもらおう。
「孫があと二人向かっておってな、そちらは戦闘の心得があるのだが」
「なんと……承知しました!荷物を置き次第自分がお迎えに行きます!」
「いやあ、すまんなあ」
……見事な若者だ。素直で真っ直ぐ、こういう者は生きにくいが、守らねばならん。
宿の扉を丁寧に開き、部屋に案内する役目を果たすまで嫌な顔一つ見せぬ。
最後まで信頼できる目をしていた、間違っても二人に怪我をさせることもなかろう。
「……どれ、血は殆ど止まっておる」
「ゔ、ぅ」
「目が覚めたか、言葉は分かるな?」
うっすらと開かれた瞳は美しい琥珀色。
――やはり人間では無い。
身体中に広がる鱗や鋭い牙、特徴だけを取ればアトゥスと名乗った魔族よりは、人間よりもドラゴンの種族に近いようだが。
「……ッ! ニンゲン!」
「その反応、やはり怪我は人のせいか」
「ニンゲン!パパ、ママ、返せ!!!」
体が痛むだろうに、無理に起き上がり首へと牙を立てる様子は、人間への明確な殺意を感じ取れる。
酷い目に遭ったのだろう、おそらくこの子の両親は……。
「落ち着きなさい、ワシは何もしない」
「ゔゔぅ……!」
「お主の父と母は、誰にやられた?」
やはり運は良い、この場にキュリシカが居れば大暴れした事だろうからなあ。
幼子の頭を撫で、落ち着くまで待つ。
この程度ならば、クロードたちと旅をする中で何度も繰り返してきた事だ。
「ニンゲンたちが、いずみ、きて、パパ、うろこ、はいだ」
「複数犯か、どのような見た目をしておった?」
「……ひらひら、きらきら、わらった」
舌が回らぬ話し方ではあるが、特徴は捉えておるようだな。
ヒラヒラとキラキラか貴族のドレスと言ったところか。
悪趣味な事よ、この様子では弄び殺されたと見て違いない。幼子でなくとも、そのような光景を見せられれば体だけでなく心にさえ深い傷を負うものだ。
「おまえ、は、ちがう?ちがうにおい、する」
「そうさな、同じ見た目だがワシにはお主を傷つけるつもりはない」
落ち着いたのならば何より。
まだそれほど時間も経っては居ない筈。まずは幼子の包帯を巻いてやってから己の止血でも間に合うだろう。
「二人が来るのにもまだ時間はかかる……」
「悪かったなあジジイ、早く着き過ぎちまって」
「早かったなキュリシカ、ウェルス」
「ジジイ!傷増やしてどーすんだよ!」
キュリシカの大声で幼子が体を震わせる。
その様子に気付いたウェルスがため息をつくが、止めてくれる気は無いようだ。
ここは甘んじて説教を受けておく事にしよう。
「これ、わるい、ニンゲン?」
「悪い人間だぁ?誰が見つけてやったと思ってんだよ!」
「ヤチ、わるいニンゲン、きらい」
毛布に隠れてキュリシカを睨んでおるが、心の底では悪意を感じておらんのだろう。唸るだけに留めておけるとは聡い子だ。
これならば言い聞かせれば身を隠すのも容易いだろうが、気になるのはヤチの両親を襲った人間の行方と言ったところか。
「まあ、今はそれよりも休む事が先決か」
「そうですよ、ジコン様も体を休めてくださいね」
送り月の掛け軸を手渡すウェルスも、有無を言わせぬ表情になっておる。
まだ動けるなどと言えば、キュリシカと揃って抵抗されるのは明らかだろう。
今は言葉に甘えて休んでおくとしようか。




