こっそりフライパンで素振りをして
そんな訳で、ベル改めクララベルは部屋に戻り荷造りをした。そして次の日、ドレスを着せられ化粧をされて、馬車に乗って生まれ育った城を跡にした。
もっともフライパンは数年前、すでに入手して鞄に入れていた。調理補助を始めた時に「料理の練習をしたい」と料理長に言って、古くなり使わなくなったフライパンを貰ったのだ。そして部屋で一人の時、こっそりフライパンで素振りをして来たる日に備えていた。
とは言え、流石に鞄にフライパンだけだと不自然にも程があるので、お仕着せの使用人服以外の、先輩から譲って貰ったワンピースやエプロンを入れたりした。
(小説では『会いたいから』自分から城を出たってなってたけど……なるほどね。実は、ここからもう皇帝の策略は始まってた訳だ)
馬車が動き出したところで、クララベルは声に出さずに呟いた。なかなか雑だと思うが、手配したならず者達に殺させるつもりなので、皇帝の中では問題がないんだろう。
昨日の様子だと、クララベルが殺されることを知っているのは皇帝と皇后だけのようだ。美形だが、女好きの異母兄・アンドレアからは「美姫と名高いグローリア嬢のことを教えるように」と言われ、異母姉であるエリザベスからは「薄汚いアンタには、血塗れ辺境伯がお似合いよ」と嘲笑われた。
(アンドレア、まあまあイケメンだけど……クララベルは異母妹だって言うのに、何かジロジロ見てきてたもんなぁ。まあ、客観的に見たら『クララベル』可愛いけど? あれだけいやらしい目で見られたら、私じゃなかったら怯えてたわ)
前世のクララベルは地味でくたびれていたが、それでも、いや、逆にだからこそセクハラや痴漢にはまあまあ遭遇した。慣れて良いものではないが、今生では血のつながりがブレーキとなり、見られるだけで直接の接触はなかったので『キモい』とだけ思っておく。
(御者も、皇帝の息がかかってるといいな。無関係なのに、巻き込んで殺されるのは可哀想だし)
そう思っているうちにも、馬車は走り続け──帝都を、そしていくつかの街や村を通過し、小説の冒頭で出てきた森に入ったところで緊張はピークを迎え、自分に言い聞かせるようにクララベルは呟いた。
「大丈夫。何回も、シミュレーションしてきたわ……絶対に、生き残る。そして本当に、辺境伯に嫁ぐわよ」
そうしているうちに、馬車が止まった。悲鳴は聞こえなかったので、御者も襲撃者同様、皇帝の仕込みらしい。
良かった、と思ってクララベルはフライパンを掴み、彼女を馬車から引きずり出して殺そうとした男を躊躇なく殴り倒したのだった。
一話に繋がる、というか戻りました。




