物語が終わるまでは恋人や妻はいなかった
小説『英雄の天秤』の中で新たな皇帝となり、物語が終わるまでウィラードに恋人や妻はいなかった。Web小説ではハーレム構築もよくあったがいっそ、某戦国武将かと思うくらいで下賜されたクララベルが殺された後、色々と難題を持ち込まれてそれどころではなかったとも言えるが──だからこそクララベルは生き延びた後、そのままウィラードに嫁ぐことを選んだ。
一応、助けて貰った後にどこかの街で使用人として──と、考えはした。
しかし一人暮らしや働くことに抵抗はないが、クララベルは帝都からは勿論、城からすら出たことがない。実際、助けて貰った後、ウィラードの馬車に乗せて貰ったから無事に移動出来たが、皇帝・ルチアーノが来ていたのでウィラードから離れたら、口封じで殺されていたと思う。
(移動まではお願いして、辺境領で働く……いえ、ウィラード様にはウィラード様で狙いがあったから、嫁いではいたわね)
前世のクララベルに、夢女子属性はなかったが──元々、推しキャラで好意があった上、間近であの優しさに触れたら好きになってしまう。いや、なってしまった。ありがたいことに、ウィラードもクララベルを好きになってくれて両想いになれたけれど。
(……とは言え、前世の小説でウィラードの恋人妄想したキャラがいたのよね)
そこまで考え、ウィラードと共に謁見の間に来ていたクララベルは、領主城に現れた『新族長』を見た。
ゴーダ族。
北の蛮族や戦闘民族としても有名だが、怖れられるのはもう一つ、かの一族の見た目がある。
黒髪に赤い瞳。小麦色の肌──耳こそ尖っていないが、何と言うか見た目が魔族風なのだ。
(だけど……)
そんなクララベルの前で、ウィラードから「面を上げよ」を声をかけられて『新族長』が顔を上げる。
年の頃は、ウィラードと同じ二十歳くらいだろうか? 波打つ黒髪は、戦には邪魔だからと『男のように』短く切られている。端正な面差しと、男の衣装に包まれた豊かな肢体──そう、彼女は女性でありながらもゴーダ族の戦士であり、今回『新族長』を決める闘いに勝ってこうして現れたのである。
(小説でイメージしていた以上に、美人! い、いや、今の妻は私だから、くっつかれたら困るんだけど!)
女性らしい艶めかしさには欠けるが背が高く、とにかく凛とした美女である。内心、クララベルが焦っている中、紅を差してはいないが艶やかな唇が開く。
「ゴーダ族の新族長、シグネだ。我々は、ラス辺境伯に忠誠を誓う」
「許す」
シグネの申し出を受けてウィラードは答え、だがすぐに笑って言葉を続けた。
「とは言え、戦は終わった。これからは戦うのではなく、お互いに生まれ育った地を守って栄えさせることを考えなくてはならない。我が領は、ゴーダ族と交易を考えている」
「そこだ」
そんなウィラードの言葉に、シグネが返し──小説通りの展開に何とか声は堪えたが、クララベルはついつい身を乗り出したのだった。




