あの、護身用なの。
前話の『扉』の描写を少し修正しました。
話は、少し前まで遡る。
クララベルの部屋と、ウィラードの部屋は隣だ。けれど、お互いの寝室が引き戸で繋がっていることをクララベルは知らなかった。実は、教えられたのは夕食前、ウィラードがアンドレアを部屋に案内した後のことである。
女性の支度は、男性より時間がかかる。だから解散後、すぐ湯浴みをして準備をしようとしたのだが──そこでウィラードがやってきて、使用人達を退室させた。そして、二人きりになったところでウィラードが口を開いた。
「実は、君の寝室と俺の寝室はドアで繋がっている」
「……えっ?」
「見て貰った方が、早いと思うんだが……入って、いいだろうか?」
「え、ええ。勿論!」
長身を申し訳なさそうに縮めて問いかけてくるウィラードに、クララベルは慌てて答えた。それから自分の寝室に招いたところで、ウィラードが壁にかけた大きなタペストリーへと手を伸ばして──捲ると、前世でお馴染みの『引き戸』があった。この世界では庭の物置小屋くらいでしか見たことがなかったが、タペストリーに隠すには一般的なドアより隠しやすいと思った。
そして、クララベルの部屋にある心張棒で押さえられていたのに、クララベルは驚いてウィラードを見上げた。
「何だ?」
「ウィラード様……これだと、ウィラード様の部屋から入れないわ」
「ああ。本当は、もっと君と親密になってから打ち明けるつもりだった……だが、グローリアから話を聞いて」
「グローリアから?」
「あぁ……すまないが、殿下が帰るまでで良いからこの棒を外していいだろうか? 万が一、とは思うが君に何かあった時に、すぐ駆けつけたいんだ」
真剣な顔で言われて、クララベルが考えたのは本当に僅かな時間だった。それこそ夫婦だから、一緒の部屋ではないのがそもそもイレギュラーなのだ。
(それなのにずっと、私に気遣ってくれて……)
うん、と頷いてクララベルは引き戸から心張棒を自分で外し「お願い」とウィラードに渡した。更に寝台の掛け布団を巡って中に置いてあるものを見せた。
「……フライパン?」
「あの、護身用なの。刃物を忍ばせるのは、怖くて……人の声は聞き取りにくいかもしれないけど、これが落ちる音なら隣のウィラード様の部屋にも聞こえるかなって」
「確かに……解った。何かあれば、これを床に落としてくれ」
クララベルは、ウィラードの言葉に頷いた。
そして今、異母兄の悍ましさに鳥肌を立てながらも、ウィラードと約束した通りに何とかフライパンを床に落とした。
そして、ウィラードもクララベルとの約束通りすぐに来てくれて、突然のことに固まったアンドレアを彼女から引き剥がし、先程のフライパンのように床に転がしてくれた。それから体に力が入らないが、今度は安堵から涙を流したクララベルを抱き締めてくれた。
「怖い想いをさせてすまない」
「い、いえ」
必死に声を絞り出したら、気が抜けたのか全身が震え出した。そんなクララベルを抱き締める腕に力を込めながら、ウィラードがアンドレアを睨みつける。
「……殿下。いくら兄妹だとしても、我が妻の寝室に上がり込むとは」
「ク、クララベルが心細いとっ」
「黙れ。薬を使って、動けなくした妻の想いを貴様が語るな」
そこで一旦、言葉を切ったかと思うと──ウィラードは、声を荒げて言い放った。
「貴様には愛しい妻も、妹も渡さん! 今回だけは、追わないでやる……切り捨てられたくなければ、今すぐ我が領土より立ち去れ!」




