ささやかですが、お返しさせて下さいっ
辺境伯領に着いた翌日にはもう、ウィラードは教会にクララベルとの婚姻届を提出した。
しかし、式は挙げなかった。元の小説では、クララベルの死を理由にしたが、彼女が生きている今は『ゴーダ族との戦で死んだ兵達』を悼む為、一年の喪に服すとし来年、喪が明けたら領地でひっそり式を挙げることにした。
「式を挙げると、それを理由に皇帝……は、流石に来ないと思うが。皇太子や皇女が、嬉々として来そうだからな」
「流石です、ウィラード様」
皇帝一家のことをよく理解している。そして、彼らにつけこまれる隙は確かに徹底的に排除すべきだ。
とは言え、逆に式こそ挙げなかったが城の者達も、城下街の領民も三ヶ月も過ぎた頃には、クララベルのことを知っていた。ウィラードとグローリアが、グローリアの少女時代のドレスや、街で既製品のワンピースを購入し着せたりして、彼女のことを色々と連れまわしたからである。
……もっとも、クララベルも大人しく連れまわされるだけではなかった。
「私にも……ささやかですが、お返しさせて下さいっ」
勉強と、その息抜きと言う名目での外出の合間に、クララベルはそう主張した。
辺境伯夫人になる為の勉強は、むしろクララベルへのご褒美である。自分で進んで覚えたので流石に文字は読めるが、使用人生活の中で改めて勉強をすることなどなかったので、色々教えて貰えるのは本当にありがたい。本当に貰ってばかりなので、少しでも恩返ししたい。
そう言って、クララベルはおもむろにフライパンを取り出して──城の厨房や、夏祭りの露店で料理の腕を振るった。
城では、ウィラードにリクエストされたにんじんの豚肉巻きを、今回は柔らかいパンに挟んでスープと共に出した。あと、デザートには新メニューであるにんじんケーキを。クララベル的には素朴なメニューだが、ウィラードもグローリアもとても喜んでくれた。
「クララベルは、本当に料理が美味いな!」
「お兄様の言う通りですね……可愛いだけではなく、料理もこんなに上手だなんて。天は二物も三物も与えるんですね」
「二人とも褒めすぎ!」
家族だから敬語は使わないように、と言われてクララベルは頑張った。一方で、グローリアはクララベルに敬語を使うのだが「これは身分ではなく、お義姉様を敬ってます」と言われればうぐ、と唸りつつも受け入れるしかない。
夏祭りの露店は、小さいながらも一店舗スペースを借りられたが──塩焼きそば風のパスタを作った。野菜や豚バラ肉と一緒に炒めたそれは、おかげさまで好評を得た。屋台メシ万歳である。
「皇女様が料理を!?」
「いや、待て。もう、領主様の若奥様だからなっ」
「違いない!」
厨房でも露店でも最初はハラハラ見守られたが、全く危なげのない手つきで料理を作るクララベルに、不安は緩和された。そして、完成した料理やお菓子の数々を美味しそうに食べる、ウィラードとグローリアを見て、更に味見や露店で実際に食べたら、クララベルの料理の腕前に納得するしかなかった。
……こんな風に、クララベルは辺境伯領で新しく買って貰ったフライパンと共に、のびのびと楽しく暮らしていたのだが。
「君の誕生日を祝いたいからと、君の異母兄上がやってくるそうだ」
「は?」
淑女教育中にやって来たウィラードの言葉に声が低くなり、顔も引きつったのには理由があるので許してほしい。




