表情筋こそ仕事してないけど
およそ四十年ほど前、領地を広げていたオルランド軍はゴーダ族と遭遇した。そして戦となり、勝つことは出来なかったが、逆に攻め入られることを防いだ将軍(ウィラードの祖父)に、当時の皇帝は爵位と領地を与えたと言う。
もっとも、その与えられた領地というのがオルランド皇国の、北に広がる樹海だった。
並の貴族なら面倒を押しつけられたと思って腐りそうだが、ウィラードの祖父は違った。開拓すればその土地を与えると告げて、領民を集めて増やしたのである。
そんな訳で辺境伯領を入るのにまず目に入るのは、広がる樹海とその中を通る道、そして領民が切り開いた農地や村、町だ。
それらを馬車から眺めて二日後、いよいよクララベルはウィラードが住む城塞に到着した。そんな彼女達を、使用人らしい面々と黒髪の女性が出迎える。
「グローリア、ご苦労」
「いえ……お帰りなさいませ、お兄様」
絹を思わせる真っ直ぐな長い髪は、黒。切れ長の瞳も、ウィラードと同じ緑だ。その瞳に合わせたのか、落ち着いた色とデザインのドレスが、白い肌とその美貌を際立たせる。
(表情筋こそ仕事してないけど、だからかな? ウィラードよりも、人間離れした感じの美人さん……声も綺麗、圧倒的美……)
そんなクールビューティーな彼女が、ウィラードの妹であるグローリアだ。確か、クララベルより一歳上の十七歳である。
この世界では成人は十八歳だが、婚姻は家族が許せば十六歳から出来る。だから十六歳のクララベルにウィラードとの婚姻の話が出た訳だ。
(確か小説の中では、さらっとだけどグローリアには大量の釣り書きが届いてて……でも、今までは蛮族との戦を理由に断ってたって書かれてたのよね)
だが戦が集結した今、断る理由がなくなった。
それ故、クララベルの死を逆手に取って、皇室は代わりにグローリアに皇太子へ嫁ぐように申し出た。小説では今までのように断れず、しかしクララベルの喪に服すことを理由に一年間の猶予を得て──その間にクララベルの異母姉から迫られたことで、皇族から自分と領地が狙われていることを痛感し、妹を奪われない為にも皇位簒奪を考えるようになるのである。
(……そっか。私が生きてるから、小説みたいにアンドレアとの婚姻をゴリ押しは出来ない? いや、でも、皇帝の思惑だけじゃなく、美貌のグローリアに興味津々だったよね。まあ、これだけの美人だから気持ちは解るけど)
そこまで考えたところで、まだ挨拶をしていないことに気づいてクララベルは固まった。話しかけるのは、身内以外なら基本、身分が高い者から身分が低い者へ。この場合だと、皇女であるクララベルがグローリアにだが、使用人マインドが染みついていて、グローリアからの声がけを待ってしまっていた。慌てて、見たことはあるがやったことのないカーテシーをして口を開く。
「ご挨拶が遅れて、失礼いたしました! 私はクララベル・デ・オルランドと申します。よろしくお願いいたします!」
「……グローリア・デ・ラスと申します。長旅、お疲れ様でした。どうぞ、こちらへ」
「え?」
同じく、しかし当たり前だがクララベルよりずっと優雅なカーテシーを返されたかと思うと、移動するように言われた。クララベルの返事を待たずに歩き出したグローリアに驚き、ウィラードを見ると笑って頷かれる。
「は、はいっ」
そして返事をし、走れないが精一杯の早足でクララベルはグローリアを追いかけたなのだった。




