自分に言い聞かせるように呟いた
その日、彼女──クララベルは普段、着たことのないドレスを着せられ、化粧をされた状態で馬車に乗り、生まれ育った皇宮を追い出された。酷い話だが一応、今日の出立の際に鞄一つを持ち出すことは許されたので良しとする。
……その鞄を膝に置き、俯きながらクララベルはいつものように、自分に言い聞かせるように呟いた。
「大丈夫……大丈夫。ずっとシミュレーションしてきたわ、大丈夫」
ずっと、とはクララベルが五歳の冬からおよそ十一年後の今、十六歳の初夏まで毎日だ。
今日のこの日を迎えないように、出来ることは全部やった。その結果が『知識』にあったこのウェディングドレスのような純白のドレスだが、彼女の知識とは違う物もある。
そう、この荷物と裾を膝より更に上までたくし上げ、結んで露にした足のように。
「……来たわね」
森に入り、不意に馬車が止まったところで、クララベルは荷物の中からある物を取り出した。
「おいっ、出てきや……ぐぁっ!?」
刹那、馬車の扉が開けられて強面の男が、クララベルを馬車から引きずり出そうと手を伸ばしてくる。
そんな男を、クララベルは取り出した物──フライパンで思いきり殴り倒し、その横をすり抜けて馬車から飛び出したのだった。
※
オルランド帝国の皇宮。その隅の小さな部屋の母の腕の中で、五歳だったクララベル──いや、ベルは寒さに震えていた。
冬であり、更に母は風邪で高熱を出して寝込んでいるのに、彼女達の部屋の暖炉の火は消えており、屋内なのに冷え込んでいる。
……一夜の戯れにより、侍女でありながら皇帝の子であるベルを身ごもった母に、悋気を抱いた皇后が母子をこの部屋に閉じ込めた。そして、暖房だけではなくろくに食事も与えずに、二人が死ぬのを待っていた。
「ごめんなさい……ごめんなさい、ベル……」
「おかあさん、さむい……つめたいよ……おとうさん、ルチアーノさま、たすけて……」
母は病気がうつることよりも、ベルに暖を取らせることを優先して抱き寄せていた。しかし限界を迎えた母は息絶え、熱すぎるくらいだった体が次第に冷え込んでいく。
絶望に目の前が真っ暗になりながら、母から聞いたことのある父の名前を口にしたところで──ふと、ベルはあることに引っかかった。
「……って、ルチアーノさまってルチアーノ帝? そして、ここはオルランド帝国……って、まず寒い!」
今まで幼くあどけなかった口調が、別人のようにしっかりしたものになる。
ベルが知った、いや、思い出したのは前世の異世界人だった記憶であり、ここが前世で読んだ物語の世界だということだった。




