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013:黒パンと干し肉

「ふあ……あぁぁ」


 カラカラと転がる車輪の音が静かに響く。

 ただっ広い平原の中で真っすぐに続いていく道の上を馬車は進む。

 既に王都からは離れていて、白鷺の枝を括った木も無かった。

 護衛役の冒険者たちは屈強な体つきの剣士たちで、俺たちはただの客だ。

 欠伸をしながら、ボケっと村へと続く道の先を見る。


 天候は晴れであり、雨が降る予兆は無い。

 空には鳥が羽ばたいており、魔物の姿も見えなかった。

 恐らく、ドラゴンの影響が少なからず関係しているんだろう。

 奴らも必死であり、リスクのある街道で人を襲うよりも。

 適度に獣などがいるであろう森や魚が獲れる川沿いにでも行ったに違いない。

 魔物は獣同然のように思えるが、獣だって馬鹿じゃない。

 生きるという事に関しては天才であり、無謀なチャレンジだってそうはしない。


 俺はそんな事を考えながら、昨夜から今に至るまでの事を思い出していた。

 

 酒場で王女であるレインと再会し。

 流れで朝までレインたちと飲もうかと考えていれば。

 明らかに一般人ではない風格の男が店内に入って来た。

 そうして、酔いつぶれているレインを見てから大きくため息を吐いていた。

 プラチナブロンドの髪は短く切り揃えられていて、切れ長の青い瞳は世の女性を虜にしてしまうだろう。

 耳には月のような形をした銀色の小さなイヤリングをつけていて、身長は百八十はありそうだった。

 細身ながらがっしりとした体つきなのはローブ越しでも分かる。

 端正な顔立ちの男であるが、年齢は恐らく三十代前半だろう。

 王国騎士でありそうだったが質問を挟める空気でも無かった。

 男はメイドを少し睨んでいたが、メイドは口笛を吹いて視線を逸らしていた。


『……手間を掛けたな』

『お? 別にいいぜぇ』

 

 結局、男は俺に名乗る事も無くレインを担いで出て行ってしまった。

 メイドの様子からして三人は知り合い同士だろうと思って止める事もしなかったが……まぁ問題は無いだろう。


 適当に酒とつまみを堪能し、俺は金を払って酒場から出た。

 公衆浴場へと向かって体の疲れを落としてから宿屋へと帰り眠りについた。

 朝になれば、先ずは朝の鍛錬を宿屋の裏手で済ませる。

 ランニングもしておいてから軽く汗を流して、朝風呂へと向かって。

 出る頃には八時になっており、俺は組合へと向かって走っていった。


 人は疎らであり、俺は暫く二人を待った。

 そして、最初にイシダが来て次にアリスが来て……まぁ例の情報についても話したりした。


 二人は結局、人を集める事が出来なかったらしい。

 何でもアリスの“良くない噂”が広まってしまっていたようで。

 彼女は血の涙でも流さんばかりに俺を睨んでいた……いや、何でだよ。


 人を集める事は早々に断念し。

 二人はドラゴン討伐に必要な準備を一日かけて行っていたようだった。

 アリスは秘蔵の矢を用意していて、それらはどれも魔法が込められた貴重なものらしい。

 高価なものだからあまり使いたくは無いと彼女は言っていたが。

 何故か、その言い方に“嘘”を感じた気がしたが、俺は深くは追及しなかった。

 イシダもイシダで沢山の清められた葉っぱを用意したり、ドラゴンに有効なアイテムを作ってきていた。

 何でもドラゴンの口の中に放り込めば一時的に火を噴けなくしたり出来る薬玉だったりだな。


 二人が得意げに語っているのを聞いて。

 俺はそれならばともうやる事は無いなという事で、早速今からドラゴンのいる山に向かおうと提案した。

 二人は急だと言いながらものんびりとしている時間も無い事は分かっていた。

 だからこそ、アリスは少し不安だと言いつつも同意してくれて俺たちはすぐに出発した。


 ガラガラと車輪が転がり、荷台が軽く揺れていた。

 俺たちは椅子に座りながら周りの景色を見つめる。

 広い草原であり、何処までも道は続いている。

 戦争も起きていないからこそ平和であり、馬車を護衛する冒険者たちも暇そうに欠伸をしていた。


 馬車の中を見渡せば、俺たち以外に人はいない。

 御者に聞けば別に今日に限った話ではないようだ。

 ドラゴンが人里を襲い始めたという噂は既に至る所で広まっていて。

 それを聞いた王都の人間たちは、なるべくドラゴンがいる場所に近づかないようにしているらしい。

 俺たちのように好き好んでドラゴンのいる方向に行く人間は変わり者だとまで言われちまった。


 俺は転がしてあった鞄を開ける。

 そうして、中から燻製にされて黒々とした板のようになった干し肉を出して齧る。

 旅には丁度いい保存食であり、木の板みたいに硬いから食べ応えも抜群だ。

 この干し肉は“ファット・フロッグ”と呼ばれる蛙のモンスターの肉を塩漬けにして乾燥させたものだが……中々いけるな。


 牛のような豪快さはないものの、塩辛さは若干あるが甘みもほんのりとある。

 焼いたりすれば鳥肉に近いらしいが、乾燥させれば鳥よりも塩をまぶしたエビに近い気がする。

 シンプルに塩のみの味付けであるが、噛めば噛むほどに肉の旨味が増す気がした。

 余分な脂身は無くたんぱくな感じもするが、腹持ちは良い気がする。


 ファット・フロッグは主に沼地に生息しているが。

 その大きさは普通の蛙の比では無い。

 平均にすれば5メーテラほどの大きさだが、中には十メーテラを超えるヌシのようなものも存在するらしい。

 性格は大人しく好き好んで人を襲うような危険なモンスターでは無いが。

 お腹が減っていれば何でも食べてしまう事から、“脂肪(ファット)”と名がつけられてしまった。

 でっぷりとした腹に赤い皮には水玉模様が浮かび上がっているデブ蛙。

 こいつを最初に食べてみようと思った奴は中々にすげぇとは思う……まぁ美味いよな。


 俺が干し肉を齧っていれば、アリスがジッと見てくる。

 欲しいのかと聞けば、アリスはこくりと頷く。

 俺は指でそれをちぎり、半分くらいを渡した。

 アリスは両手でそれを持ってから、小さく一口齧っていた。

 何度も何度も噛んでちぎってから、もごもごと口を動かしてゆっくりと飲み込む。


「……変わった味ね。でも、結構好きかも……これ何の肉なの?」

「モンスター。蛙だな」

「……聞いた私が馬鹿だったわ」


 アリスはがっくりと肩を落とす。

 しかし、齧ってしまったからこそ返す事はせずにちびちびと食べていた。

 まぁ蛙って言えば苦手に思う奴もいるかもしれねぇが。

 先入観を捨てて何でも食ってみれば、案外、美味いもんは山ほどある。

 イシダにもちぎって渡せば、奴は文句も言わずに食べていた。


 俺はついでだと黒パンも出してから仲間たちに振舞う。

 そこそこ人気のあるパン屋で売っていた安物であるが、肉と一緒に食べれば何だって美味い。

 石みてぇに硬いパンなんて何度も食ってきたから逆に親しみがある。

 パサパサでカチカチで、これが食べ物の肉汁とかを吸えばほどよい柔らかさになるんだがなぁ。


「……にしても、“レーンヘイル王国”は良い国だよなぁ。どんなに貧乏だろうとも、黒パンだけは一マルク銅貨一枚で買えちまうんだからなぁ。飢え死にする奴も少ないし、あの王様も良い奴だったのかもなぁ」

「……オルドロン・レーンヘイル王は武勇に秀でたお方だけど、その心は慈愛に満ちているわ。王城にやって来た孤児たちを城の中に招いて直接彼らから話しを聞いて、すぐに彼らの為に安くパンを買えるように制度を変えたの。昔は黒パン一つを買うにしても、五マルク銅貨は最低でも一枚はいるからね」


 アリスは説明してくれた。

 今のレーンヘイルは黒パンに関しては国の法律により、その製法から価格に至るまで全てが決められている。

 材料の全ても国から売られるものを使わなければならないものの、仕入れ値に関しては価格の変動はない。

 売れ残ったパンに関しては国が買い取る決まりになっている事もあって職人たちからすれば黒パン自体には悪い点はない。

 特別美味いという訳ではないが、栄養はあり腹にも溜まりやすい。

 だからこそ、金のない人間や孤児院の経営者にとって黒パンは欠かせないものになっている。

 その為、売れ残りに関してもそれほど数は無いように感じる。


 少し怪しい部分はある。

 材料に関して何処で仕入れているかは国家機密であり。

 それの取引をしている人間に関しても未だに謎だ。

 価格の変動もなく、職人たちには一定の品質を保った材料が供給されているが。

 噂によれば、錬金術であったり悪魔との取り引きをしているのではないかと言われているのは知っている。

 恐らくは、物々交換か何かで材料を大量に仕入れているのだろう。


 まぁ、王国側からしたら少し損をしているのかもしれない。

 だが、今まで税金で貯まった金があるんだ。

 それを少し切り崩すくらい何とも無いんだろう。

 国力が衰えずに、逆に増しているのがその証拠だ。


「……でも、この黒パンでそんなに儲かるのかねぇ?」

「そりゃ儲かるわよ? ライ麦なんてレーンヘイルでは何処ででも採れるし。パン一つを作るのに材料はそれを合わせて三つだったかな? 王国から売られているものは……まぁ原価にすれば小銅貨3枚くらいでしょうね。そこから、作ったものぜーんぶ確実に売れるのならロスも無いから確実に儲かる訳よ……まぁ王様も流石に認可が下りた店でのみの提供にしている上に、国民たちに何とか行き渡るくらいの数に制限はしているけどね……それでも凄いことよ」


 俺はアリスの話を聞きながら、すげぇ王様だったんだと感心する。

 まぁレインの事を大事に思っているからこそ、死刑なんて言ってしまったんだろう。

 もしも、俺があの王様の立場なら……それでも、死刑は言い過ぎじゃね?


 俺は首を傾げながらも黒パンを齧り、干し肉も食す。

 持ってきたボトルの水を飲み、胃の中に食べたものを流し込みながら腕で口を拭った。


「……すまない、話は変わるが……その竜狩りとやらは本当に生きていると思うのか?」

「あぁ仮にも王女様からの情報だ。間違いはねぇと思うぜ」

「……150年以上も生きているのなら……やっぱり”エルフ”なの?」

「俺はそう思うぜ。人間に友好的で長命なら、大体がエルフだろうさ……しっかし、それにしても珍しいよなぁ」

「……まぁエルフは本来、北の皇国領内にあるエルフの里から出ないって聞くし……いや、でも旅に出たりするエルフもいるって聞くし。もしかしたら、他の集落で暮らしていたエルフなのかも?」

「まぁどうだろうなぁ……わっかんねぇけど。きっとすげぇ奴さ!」


 今から会うのが楽しみだ。

 一体どんな姿でどんな夢を持った奴なのか。

 もしも、酒が好きなのなら一緒に飲んでみたいとも思う。

 竜狩りと呼ばれるような奴なら、きっとすげぇ冒険譚を聞かせてくれるんだろう。

 俺は転がしている鞄を撫でながら、目を細めて静かに笑う。


「……それ、他に何か入ってるの?」

「んあ? 入ってるけど……もっと食いたいのか?」

「違うわよ! その、何か大切そうに撫でてたから」

「あぁ……いや、大切なものは大切なものだけど……ま、気にすんなよ!」

「……何よ。気になるわね」

「ふふ、好奇心は猫を殺す。ケインの秘密ともなれば……な」

「……ふ、ふん! こ、こんなノンデリ男なんてぜぇぇんぜん怖くないですよ!」


 アリスは少し体を震わせながらも腕を組みながらそっぽを向く。

 俺は見たって何もしないと言っておいた。

 夢については話せても、これを見せるのはまだ早い気がする。

 もっともっと冒険をしてからであり、その時になってもこの三人でいられたらいいなぁと俺は思っていた。


「……さぁ、まだまだ道は長そうだな。何かゲームでもするか?」

「ゲームって何するのよ? イシダさんは何か持ってきましたか?」

「……一応、サイコロとコップならある」

「……何するんですか?」


 イシダは鞄からサイコロと木のコップを出した。

 アリスは不審者を見るような目でイシダを見ていた。

 彼は流れるような動きでサイコロを二つをコップに入れてからコップを回し。

 掌の上に置いてから俺たちを見てからにやりと笑う。


「偶数か奇数か……して、何を賭ける?」

「か、賭け事って……見損ないましたよ。イシダさん」

「あはは! いいじゃねぇか! よし、なら俺は持ってきた酒を」

「……じゃ私は……ふふふ、この私が頬にチューしてあげるわ」

「――いや、いらねぇよ」

「……ぶっ殺すわよ?」


 真顔で却下すればアリスに胸倉を掴まれた。

 俺は視線を逸らしながら、イシダに助けを求める。

 イシダはケラケラと笑っていた。

 彼女は舌打ちをしながら、渋々、持って来ていた飴玉が入った袋を賭けに提示する。

 俺はそれに納得し、偶数の方に賭けた。

 アリスは残った奇数であり、イシダが静かに頷きコップを上に持ち上げれば……よし!


「12――偶数だな」

「ぐぅぅぅ!!!」

「はは! わりぃな!」


 俺は飴玉の袋に手を伸ばす。

 すると、アリスに掴まれてしまった。

 何をするんだと見れば、アリスは唇を突き出していて――


「うお!? 馬鹿やめろ!! いらねぇから!!」

「……!」

「無言はやめろぉぉぉ!! イシダ、助けてくれぇぇぇ!!!」

「……空は青いな」


 アリスの奴が賭けの品を強引に変える。

 頼んでもいないのに俺の頬にキスしようとしてきた。

 俺は必死に抵抗するが、アリスも必死であり異様に力が強い。

 助けを求めてもイシダは空を見て此方を見ようとしていなかった。


 俺の叫び声が平原に響き渡り。

 護衛の冒険者たちはけらけらと笑っていやがった。

 そうして、ゆっくりとアリスの顔が俺に近づいてきて――

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