2.生かすべき経験と知識。
(*'▽')せいや!
「あぁ、クレス様。おはようございます!」
「おはよう、ヒルダ」
俺がリビングへ向かうと、給仕の少女――ヒルダが挨拶をしてくれる。
栗色の髪をした獣人族の女の子で、猫耳がぴょこんと立っていた。年齢はいまの自分より十歳上の十四歳。奉公のために田舎から出てきたという話だが、それほど詳しく事情は知らなかった。それでも俺が生まれて間もなく仕え始めたらしく、クレスとしては姉代わりの人物だ。
そんな彼女に応えつつ、俺はいつもの席についた。
するとすぐに、テーブルには朝食のパンが並べられる。
「今日は美味しいジャムが入ったので、お召し上がりください!」
「へぇ、これは良い香りだね」
そしてヒルダは、続けざまに甘い香りのする瓶を差し出した。
蓋を開けて確認すると、心地良いそれが鼻腔をくすぐる。俺は何度か頷いてから、それをパンに塗って口に運んだ。すると口内に広がったのは、今まで経験したことのない深い味わい。この世界固有の果実で作ったジャム、ということだろうか。
そう考えていると、給仕の少女はこちらの顔を覗き込んできた。
「どうです? 美味しいでしょう!?」
「うん、とても美味しいよ」
「えへへ!」
俺の言葉を聞いた彼女は、幼い顔に愛らしい笑みを浮かべる。
とても一般的な給仕と主人の息子という関係には思えなかったが、これがクレスとヒルダの距離感だった。父がほとんど帰ってこない屋敷で、家族と呼べるのは彼女くらいなのだから。むしろ下手な血縁関係よりも強い絆がある、とさえ感じさせられた。
「ところで、今日はどのように過ごされますか?」
「ん、そうだな……」
などと考えていると、ヒルダがそのように問いかけてくる。
俺は少しばかり考えてから、こう返した。
「少し行ってみたい場所がある、かな」
「行ってみたい場所……?」
そして、紅茶を口に運ぶ。
少女は小首を傾げ、同じことを繰り返した。
それにあえて答えないまま、俺は席を立って外出の準備をする。
「あ、待ってくださいよぉ!」
そんなこちらを見て、ヒルダは慌てたように声を上げるのだった。
◆
「えっと、クレス様……? ここって――」
「うん。武器屋、だね」
困惑する少女に、俺は平然とした口調でそう返事をする。
俺とヒルダが訪れたのは、王都の中でもいわゆる下町と呼ばれる地域にある武器屋だった。雑多に並べられた剣や槍、そしてどのように使うか分からない武器まで。
多種多様に揃えられた商品を見て、俺はしばし品定めをしていた。
するとヒルダは、遠慮がちにこう訊いてくる。
「あの……武器屋なら、貴族街にもありますよね……?」
どうやら彼女は、どうしてわざわざ平民の通う武器を見に来たのか、と訊きたい様子だった。たしかにヒルダの言う通り、武器屋自体は貴族街にも存在する。
だけど、俺としてはこちらの方が都合が良かった。
何故なら――。
「あっちは実戦よりも、観賞目的の武器が多いだろ? 商売相手は貴族のお偉いさんだけだし。それなら、冒険者とか相手にしてるこっちの方が有用だよ」
そう『需要が違う』からだ。
貴族というのは基本的に前線にでることなく、指示を出すのが主となる。だから最低限の性能を持った武器が手元にあれば良い。しかし騎士団や冒険者、そういった現場の人間たちは違う。実際に扱いやすく、威力の高い得物を揃える必要があるのだ。
そう考えると、今後のことを考えた場合に有用なのはこちら。
「な、なるほど……?」
それを説明しても、少女はまだ首を傾げていた。
仕方のない話だろう。だが、俺にとってもまた仕方のない話だった。だって、
「ヒルダはまだ分からなくて良いよ。ただ俺には【ギフト】がないからさ」
そう、俺はこれから努力を重ねなければならないから。
【ギフト】を授からなかった自分にとって、武器と呼べるのは頭の中にある『経験と知識』に他ならなかった。戦国、戦後、そして現代の日本を生きて知ったことを無駄にするのはもったいない。
だから――。
「見ててくれよ、ヒルダ。……俺、頑張るから」
俺はおそらく年不相応な笑みを浮かべて、少女にそう言うのだった。
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