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白と黒の板 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 みんなは黒板と白板、どちらのほうがなじみがあるかな?

 学校では、黒板を使うところが多いんじゃないかな。黒、というより緑色に近いか。この色合いは目に優しい色であり、授業で長時間集中しなくてはいけない目の負担を、やわらげる効果が期待できるらしい。

 白板に比べると、清潔感という点ではどうしても一歩ゆずる。カラフルなマーカーで描かれた文字の滑らかさは、チョークではなかなか出せないものだ。

 コスト的には、チョークのほうがマーカーよりも安い。数を用意しなくてはいけない教育現場では、黒板のほうが向いている……と、先生は当初考えていた。

 しかし、この黒と白に区別された役目は、他にもあるんじゃないかと思うことがあったんだよ。

 そのときのこと、聞いてみないか?



 先生が学生だった時分のこと。

 その日はたまたま日直だったから、早めに学校へ来たんだ。

 夜からの雨があがった校舎。それを遠目にとらえたとき、不意に強い光の照り返しを、先生はまなこに受けた。

 窓からじゃない。校舎の壁面から光ったように見えたけれど、しばし足を止めて、目の奥の残像と戦わなくちゃいけなかった。

 あらためて校舎を見やるも、もうあの光は飛んでこない。首をかしげながらも、先生は気を取り直して学校へ向かう。


 近づいてみて、その奇妙さが分かってきた。

 校舎の壁面はクリーム色がメインなのだけど、先ほど光を受けたあたりを見ると、いやに白色が目立っている。

 塗りなおしたにしても急すぎるし、局地的すぎる。なお目をこらしてみると、それは光を放った校舎屋上の下の壁面に吊るされた、ホワイトボードによるものらしかったんだ。

 いまも表面はときおり小さくきらめき、またいつ大きな輝きを呼ぶかも分からない。かすかに吹く風に少しだけ揺れながら、屋上の手すりと同化する色の、細かいひもたちによってその体重を支えられていた。


 何かに使うのだろうか?

 クラスの何人かも気づいて話題にあがっていたところで、学校側から連絡が回ってくる。

 くだんのホワイトボードに関しては、今日いちにちはあの状態にしておいてほしいとのこと。それに気をつけさえすれば、普段通りの学校生活をしてよいとのことだった。

 もとより、屋上には許可がなくては入れない。鍵もかかっているから、こっそり入り込むことも無理だ。

 考えられるとしたら、石やボールを当てようとすることだろうけど、地上から狙うにはなかなかの肩とコントロールを要するだろう。

 くわえて、この日は校舎周りを巡回する教員の数が、こころなしか多い。ひょいと窓から外を見れば、誰かしらの姿がある。どこかしらの階の窓から、ものを投げるような不届き者がいれば、たちまち咎められて、しょっぴかれてしまうだろう。

 いつもとは違う空気に、先生は少し緊張しながらも、どきどきしていたのは確かだ。



 そうこうしながらも、授業は進んでいく。

 もとより、勉強は嫌いじゃなかった先生だが、授業を受ける教員の方々がいやにきびきびしているのを感じていた。

 自分が教える身になったことで、より強く思うようになったが、あれはきっちり授業準備をしているときのような、よどみのなさだったよ。

 決まった組み立てがあり、そいつにのっとって授業をする。フリーダムさにやや欠け、カリキュラム通りにことをこなしていく、おかたさがあったのさ。

 授業ごとに当てる生徒も、どうやら決まっているくさい。普段なら、その科目が苦手な生徒が当てられ、赤っ恥をかくような局面も、ままあった。

 それが今回は、その科目を得意とする面々ばかりが選ばれ、滞りない返答が続いていく。

 まるで研究授業か、参観日のようだなと、先生も生徒目線からとはいえ、なんとなく悟れるものがあったんだよ。


 午後に入り、先生もあてられる時がくる。

 科目は数学。それの証明問題ときて、黒板に長々と書くように指示されるときた。

 やはり、先生の分かる問題。一部始終は問題を見た時から、すべて頭の中に浮かんできている。そいつをご披露するのみだ。

 うながされるままチョークをとり、書ききるスペースを考えて、上の方から書いていく。

 横へ長く書くとき、ややもすると文字列が上にいったり、下にいったりするから、そのことに注意して、できる限りまっすぐ書こうと、指先へ神経を集めていく。


 その途中。

 ふとチョークから指へ、熱を感じる瞬間が幾度かあったんだ。

 証明の長い記述。かつかつと、小気味よく黒板相手にチョークを鳴らしていく中、ふとした拍子に、それはやってきた。

 最初のうちは、単に力を入れすぎたんだろうと思った。

 でも証明も終わりが近づいたとき、これまでよりいっとう熱くなったチョークは、一瞬カメラのフラッシュのような光を放った。

 今朝に受けたものと似ている。突然のことだったけれども、どこか警戒していたせいか、とっさに目をつむって直撃は避けた。

 それでもついまぶたをこすってしまい、「大丈夫か」と声をかけられたよ。

 そうして教員の顔を見たとき、窓の外で。


 ボウルをひっくり返して、重ね合わせたような球体が、校舎近くに浮かんでいたんだ。合わせ目からは、帽子のつばのようなものが360度に張り出している。

 ここは3階。その高さの中空に浮かぶそれは、先生の目線に気づいたのかどうか。空中を不規則なジグザグ軌道を見せつつ、遠ざかって行ってしまったんだ。

 その銀色の表面に、先生が今朝や、いましがたのチョークで見たのと同じ、光を放ちながらね。

 見えなくなるまで、ずっと窓から確認できたあたり、あの物体は一定の高度を維持していたんだろう。


 先生のいる教室は、真上とはいかないが、例のホワイトボードが吊り下がるポイントにほど近い。

 もしかすると、先生たちのチョークの音を通じて、ホワイトボードが窓外に見えた飛行物体へ何かしらの合図なりメッセージを出していたのかもしれない。

 教員たちは何も教えてくれず、今日にいたるまで伝わったことの中身は、分からないままなのだけどね。


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