人魚姫は愛を叫ぶ
消しゴムを貸してくれた時、お礼を言えず頭だけ下げた。不思議そうな顔で少し戸惑ったように曖昧に頷いた彼はきっと私は変な人だと思ったはずだ。
幼い頃からずっと変だと言われてきた。慣れっこだ。だから今回も、いつものことだと思いたかった。でも、彼の優しい笑顔は私にだけは向けられないことが寂しい。私を前にした彼は、得体の知れない生き物を前にしたようにぎこちない笑顔になるから。
自分の性質を今日まで恨まなかったことない。私が「普通の女の子」ならこんな風にならなかったのに、なんて。
仲良しのクラスメイトが、放課後、好きな人に告白して見事両想いになったと嬉しそうに教えてくれた。私には決して出来ないことだ。でも、他の子にとっては極々当たり前な、出来て当然のこと。
音にならない想いが紙の中に積もっていく。ノート2冊を使いきる勢いで書かれた彼への気持ちはこんなにも溢れているのに、届けることは出来ない。
――くんが好き。
いつかのことを考えて、ベッドの上で何度も練習した。全て水の泡となる努力だと知っていても辞められないのはどうしてだろう。彼の隣に座ると、心臓がどきどきし始めて、頬と指先が熱くなって、頭の中が真っ白になる。今なら言えるかも。そう思って音の出し方を忘れた喉を震わせるけど、か細い呼吸の音しか出なくて。
人魚姫みたい、と呟いた友だちの言葉を思い出す。あぁ、そうかもしれない。王子様に会うために声を失った彼女と私は似ている。
「場面緘黙症」という毒薬を飲んだ人魚姫に、王子様は振り向くことはないのだ。