伝えたいこと
「私は誰の為に生まれたの?」
3人娘の一人が、穢れのない真っ直ぐな瞳でこちらを見つめる。髪と同じ色の目は知的好奇心に染まっている。
「誰の為って、ここで眠る人の為よ」
「お墓だもん」
近くで花冠をいそいそと作っていた二人の少女が手を止めて質問に答える。しかし、彼女たちの回答に紫色の髪を持つ少女は渋い顔をした。
「それは知ってる。どうしてお墓が作られたのかって聞いてるの」
赤に少し白を混ぜた明るい髪色の少女は自信満々に答えた。
「眠る為よ」
聞くんじゃなかったと言わんばかりにため息をつく少女に、金に近い髪色の少女は苦笑いを浮かべる。さて、どう説明すべきかと頭を困りながら口を開いた。
「少し違うわ。ちゃんと理由があるのよ」
「どんな理由なの?」
太陽に照らされて黄金に輝く髪を風に遊ばせる少女が首を傾げる。他の二人もじっと私を見て答えを待っていた。背後にある、一ヶ所に小さな入口のある丘をちらりと見る。少女たちもその丘を見た。
「はじめは権力の強さを示すために作られたそうよ。でも、少しずつあれを作る人が増えて……小さな権力者でも作られるようになった、と人の間では伝えられているわ」
いつの間にか完成していたらしい花冠を赤髪の少女が適当に花の上へ置いた。そして、膝を折って座る私に頭を乗せ目を瞑る。金髪の少女は彼女にならい、はじめに質問をした少女は私に背を預けて腰掛けた。
「人の間ではそう言い伝えられてるけど、私はそれも違うと思っているの」
悠久の時を経て、草木や空、世界の姿形が変われどあの丘は――誰かの墓は変わらず存在を世に伝え続けてきた。
「そこに生きていたと、伝えるためにあるの。お墓の中心にいる人、作った人、小物を作った人」
棺の中には、遺体だけでなく様々な道具も入っている。もう顔さえ思い出せない誰かのために作られた、誰かの思いを形にした墓。涙を流しながら棺を丘……否、古墳と人間たちが呼んでいる墓の中へと送り出した人々の背中が脳裏に蘇る。
「人の時は短い。形に残さなければ、生きていたことさえ忘れられてしまうものよ」
だから、と一度言葉を切って空を見上げる。さわりと花びらを揺らす風は、いつかの日とよく似ていた。
「ここにいたのだと伝えているの。1700年もの時を経て名前さえ忘れられても、その命は確かにあったことを」
少女たちが微笑む。風に揺れて踊る花のような笑顔は、生まれた時から変わらない。
「私たちはちゃんと覚えてるよ。その人たちが生きていたこと」
優しくも、どこか力強い響きを持った言葉に目を細める。
「私も、ちゃんと覚えてるわ……」
草木に覆われても、誰も見向きしなくても。その命の灯火を、決して忘れない。