奇跡の少女
半年と少し時を戻した一幕。
さざ波のような雑木林の葉擦れの音や、それを揺らす涼しい風が胸を締め付ける。
広場に集まった村人たちに見送られて、一行は、間もなく旅立ちの時を迎えようとしていた。
「また来てね。」
ミーアの両手を握り締め、目に涙を溜めて、寂しそうにお別れの言葉をくれるリン。
気の利いた返事ができないでいるミーアの頬には大粒の涙が。
ふと気付けば、リューイはまさかのもらい泣き。いや珍しいことではなく、むしろいつも通りだ。悲しいシーンに出くわすと、リューイはいつも子供のように堂々と涙を見せていた。今、目頭が熱くなるのを堪えているほかの者には、そんな率直で素直な彼が羨ましいと思うこともある。
名残を惜しむ子供たちに、エミリオやギルが離れづらいなと困っていると、下り坂の方から、複数の足音や轍を刻む車輪の音が聞こえてきた。
見下ろすと、やしろがある雑木林の小路から出て来たのは、肩から荷物をぶら下げている集団である。彼らが取り囲むようにして引いている荷馬車には、燃料や日用品などの土産が山のように積まれていた。
「パパ!」
リンがいち早くそう叫ぶと、続いて次々と歓声が上がった。
レッドやリューイに懐いていた子供たちの嬉しそうな姿には、一行も安心したように吐息をもらして笑みを交わし合う。
感動の再会を邪魔しては悪い。今のうちに去ろうと、エミリオは、村の大人たちに向き直った。
「では、我々はこれで。大変お世話になりました。」
それ以上に世話になった村人たちは、用意していた保存食などを差し出しながら、少年名医とその仲間に感謝の言葉で応えた。
シャナイアは、なんの遠慮もしないで、それをありがたく頂戴した。何が起こるか知れないこの旅路の先はまだ長い。くれるという必要なものは当然受け取っておかなければ・・・と考える彼女は、しっかり者の姉御肌。仲間たちの健康管理は、医者であるカイルではなく、実質、彼女の役目だ。遊んでいるように見られている〝気まぐれお楽しみスープ〟にも、体に悪いものを入れたり、調理の際に体を壊すような作り方をしているわけではない。
仲間の一人一人を確認したエミリオは、その注目の中で頷いて、言った。
「行こうか。」
穏やかでありながら力強く響くそのひと言が、いつしか旅立ちの合図となった。この声を聞くと、みな気が引き締まるのである。
そうして、彼らは手を振り合って別れた。
下から近づいてくる集団の、おや・・・? という顔には軽く会釈し、一行はもとの進路へと戻れる洞窟のトンネルを目指して、そのまま坂道を上がっていく。
「ところで、お前・・・あの時体を乗っ取られて、何が起きてるのか分かってたのか。」
トンネルを通過中、外の光が見えてきたところで、レッドがそう声をかけた。
「うん。完全じゃなかったから。彼女は神精術師で僕は精霊使いだから、彼女がわざと上手く加減したんだと思う。人は亡くなると普通、肉体機能の消滅と共に特殊能力も失って精神だけになると言われているから、その魂だけの状態じゃあ生前の能力は使えない。呪文も違う。だから、僕の意識もある中で操られてた・・・というより、アドバイスしてもらった・・・みたいな。でも、本来の僕の呪力だとしても、急に力が増したような感覚と、精霊たちを従えるあの力。僕がやったとは思えない巧みな呪術。リンのお母さん、すごいよ。」
その体験の感動を表情と声にして、カイルは答えた。
やがて懐かしい感じもする平坦な森へと帰ってきて、岩山を振り返ると、この数週間の出来事が、夢のようにも思えてくる。すぐ足元には、さらさらと流れる浅い川が。
ここでリンと出会った・・・よみがえる怨念を、単純な言葉一つで消してみせた奇跡の少女。
リンは、あの場で簡単に難題を解いて、手を焼いていた大人たちに教えてくれた。
衝撃的に心が洗われた。
現実に起こった一つ一つを思い出して、しばらくその場に佇んでいた一行は、やがてゆっくりと背中を返したギルに続いて川を渡りきり、幻想的な風景が延々と広がる穏やかな森を、進路を修正して歩き始めた。
そして、岩山を右手に見ながら、今頃のようにふと思う。
長い寄り道をしていたその場所は・・・。
いきなりたどり着いた地図に無い村。近くには、不思議な現象が見られる神のやしろ。
そこは、まるで別世界だったと。
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