26. 解決したもの
カイル・・・いや、リンの母親には、彼女と話をしながらでも、高度な呪術をしっかりと集中して駆使できる頭の良さがあり、好き勝手に暴れ回ろうとする妖魔を見る間に退治してくれる。カイル自身も立派な術使いではあるが、歴然として手並みが鮮やか。使役されている精霊たちの方も、カイルが呼ぶことができる限度ギリギリの強い者が集められたのだろう。つまり今のカイルなら、それらを危なげなく操れるということ。おかげで戦う寸前でいた仲間たちも、すっかり気を抜いて成り行きを見守ることができた。
キレのいい指や腕の動きと共に、忙しなく呪文を挙げ連ねるカイル。それが何のことやら意味不明でも、目の前で次々と倒されていく魔物の死に様を見れば、召喚された精霊が何であるかは一目で予想できた。一瞬で火だるまとなった敵の体を、光の矢がとどめとばかりに何度も刺し貫いているのだから。炎と光の精霊でおおかた間違いない。容赦なくたたみかける反撃を許さない戦法。神精術師であるリンの母親は、かなりのやり手らしい。
誰もが目を奪われているその呪術の戦いのあいだ、リンは精神の自己防衛か、全てを遮断するように頭を抱え蹲っていた。実際には娘の魂がしていることである。これはカイルの呪術 ・・・これも、実際にはリンの母親の圧力に怯えているわけではなく、憤りや悲しみなどが渦巻く負の感情に耐えかねてとった体勢だった。もはや何を見ることも、聞くこともできない崩壊寸前の精神状態。リンの母親が必死に説得する声など届いてはいない。
しかし、一方で体を蝕まれ、体力を奪われている我が子がいる。もう力尽きるのではという恐怖がよぎった時、リンの母親は思わずカッとなった。
「言うこと聞かないと、引き摺り出して冥界へ連れて行くわよ!」
「止めて、ママ。」
耳を疑う一同。今、そんな声が聞こえたと思い、声がした方へ・・・リンをまじまじと見つめて耳を澄ましてみる。
すると、何が起きているのか、リンの手足の毒々しい紫色が徐々に引いていくのである。
リンがふらふらと立ち上がった。
「見ろ・・・。」
リューイに言われるまでもなく、隣でそれを見ているレッドも、こう驚いた。
「肌の色が・・・戻ってる。」
母親の霊が憑依したカイルと向かい合ったリンは、眉を垂れてひどく悲しそうな顔をしていた。グッと胸を縛り付けられる、一瞬で熱を冷ましてくれる表情だ。
「ダメだよ・・・このお姉ちゃん・・・。」
声を言葉にするまでには、気力を蓄える時間がいる。青ざめた顔で何度も浅い呼吸を繰り返して、リンはやっと言った。
「かわいそう。」
時間が・・・止まったような気がした。
まだ幼いミーア以外の、そこにいる誰もがそう感じた。
「だって・・・泣いてるよ。私の中で泣いてる。」
目は赤いままなのに、なぜかそこにいるのは、八歳の少女らしい口調で喋るリンだけだ。
「ねえ、どうして泣いてるの?」
自分の中で本当に彼女のすすり泣きでも聞こえるのか、リンは胸に両手を当てて、優しく話しかける。
「どうしたの?何があったの?」と。
これまでは黒い闇のベールで支配されていたというのに、今は逆に、相手の心に温かい毛布をそっとかけてやるような・・・そんなイメージが見えた。娘の精神が崩壊寸前で萎えたことで、リンの意思が勝ったというのだろうか。
〝かわいそう・・・。〟
あの時・・・哀れに思ってくれる者なんて一人もいなかった。
私は、人間扱いされずに殺されたの・・・。
娘の霊は、自分の中だけでそう呟いた。誰にも届かない声ながら、そのあとの静寂の中で彼女に大きな変化が起こるのを、そこにいる者たちは見て取った。というのは、リンの表情がまた変わったので、再び霊の娘が前に出て来たようなのだが、彼女はもう反発せずにおとなしくしているのである。それが、リンの思いやりに突き動かされて自分を変えようとした彼女が、思いきって出した意思表示のように見えたのだ。
結果、焼き殺された妖魔もことごとく消滅し、カイルが〝戻れ〟という意味の腕の動きをしながら呪文を唱えたあとは、もうそれらが新たに産み出されることもなくなった。
「大丈夫。あなたを導き助けてあげます。でも、邪気を残したままでは冥界への道しか開かれないの。だからお願い、そのまま心を浄めて、私の子を放してちょうだい。」
母親の霊は、穏やかに戻った口調で慎重にそう話しかけた。体はカイルなので、その甘いマスクの少年のほほ笑みは、こういう場面では抜群の効果を発揮する。つい・・・だとしても、彼女は首を縦に振ってコクンと頷いたのである。




