25. 不意に現れた女性の霊
気を取り直して次のチャンスを待つ前に、エミリオとギルに少し休んでもらおうと、妖魔は再びカイルが引き受けた。するとようやく全滅に至ったかに見えたが、油断はできない。まだ何も終わっていないからだ。結局、浄化しなければ切りが無いということ。何か条件がそろえば、また妖魔が産み出される可能性は大いにある。
だが化け物が消え失せた今が、その再チャレンジの狙い目なのか。
カイルと仲間たちは目を見合った。
リンは仁王立ちで顎を引き、彼らの動きをじっと見澄ましている。また捕まえに来たら反撃にでてやろうという目つきだ。
ダメだ、下手には動けない。
両者どうにもできない膠着状態となったかに見えた・・・すると。
判断に悩むカイルと、常に警戒を怠らないエミリオが、どうしたのかほぼ同時に後ろを向いたのである。ほかの者には、それは降りしきる雨を気にしたようにも見えた。実際、この時二人が一緒に見ているのは背後の虚空。そんなところに視線を置いているのは、そこに誰かがいるからだ。
生きた人間ではない、誰かが。
それは、まだ若いようにも見える、一人の女性の霊だった。といっても、生前は既婚者で、幼い子持ちくらいという印象を持たれそうな人。
そんな彼女が、なぜ今この場に?とカイルとエミリオの二人が見当もつかないでいると、その人はスーッと近寄ってきて、二人の後ろで止まった。
そしてそこから、リンに向かって出し抜けにこう話しかけたのである。
〝あなたは居場所を間違えている。その怨念を鎮めれば、きっと行くことができる。あなたは被害者なのだから。〟
リンの顔を見ると、誰・・・? と怪訝そうな表情。つまり、悪霊の彼女にも心当たりが無いらしいこの人物(幽霊)はいったい何者なのか。カイルもエミリオも首を傾げる。
そのうち、そんなことはどうでも良くなった悪霊の娘は、また急に熱を上げていきり立った。
「うるさい! 誰も私のことなんて考えてくれなかった! この怨みを消すことなんて・・・!」
この娘は、呪われたレネを、恋人のリアンと村人たちが必死になって助けた姿を見ている。浄化の儀式の中にいても癒されるはずもなく、自分の家族に対する憎しみが倍増しただけだったろう。
〝あなたを酷い目に遭わせた者たちはみな、割れた地面から火が覗いているような恐ろしい冥界へと送られました。あなたもそこへ行きたくはないでしょう。さあ、私と共に。〟
「あの人たちは人生を全うできた。でも私は・・・!」
そう激高しているリンの様子を気にしつつも、カイルとエミリオは背後の虚空ばかりをじっと見つめている。
霊体は普通、生きている者の体を借りなければ生身の人間に分かるように声を出して話すことができないので、エミリオもカイルもその口の動きを読んで・・・つまり、完璧にマスターしている読唇術によって会話を聞いているのである。
「え、何っ?今、何がどうなってるの?見えないから分かんないっ。」
「誰か実況してくれ。」
シャナイアとレッドのそれは、エミリオとカイルがしていることの意味を分かったうえでのセリフ。その行為自体は初めてのことではなく、仲間たちも今さら驚きはしない。だから尚のこと状況が気になって仕方がないが、誰がそこにやってきて、なぜ口喧嘩をしているらしいのかの説明が一向になく、エミリオもカイルも真剣な顔で後ろを向いているまま。しかしそう急かされても困る。その二人でさえ、事態をまだ呑み込めていないのだから。
だがそれも、次を読み取った時に、ようやく合点がいった。
〝その子と一緒にここにいても意味はないわ。だから、さあ気持ちを落ち着けて、私の子を放して。〟
「リンの・・・お母さんだ。」と、エミリオ。
それに対してリンの中にいる娘の霊は、荒々しく首輪を掴むと目を剥いてきた。
「どうしてよ・・・どうして私が・・・私が何を・・・。」
恐らく何もしていない。恨まれるようなことは。彼女は不幸にも利用されただけだ。貴族である彼女が、宝石ではなく天然石の首輪でも贈られたものをありがたく身に着けたと思われることから、むしろ人の良さが仇となったこともエミリオやギルには分かった。
「化け物と言われた。後悔させてやりたかった。偽りの家族愛・・・でも何一つ復讐できなかった。落ち着くなんて、できるわけない・・・!」
煮えたぎる魂の叫びがそう放たれた瞬間、再び現れた妖魔。どいうわけか手懐けられたそれらが、彼女の凄まじい憎しみと恨みの感情に応えている。
しかし、今となってはもはや無差別攻撃。どうにも収まりきらない感情をただぶちまけているだけだ。リンの母親の説得も虚しく、どうすれば・・・と、カイルは途方に暮れた。
暮れている場合ではない・・・! 戦える仲間たちは機敏に反応して、もう臨戦態勢に入っている。
やや遅れをとったカイルも急いで腕を動かし呪文を唱え・・・ようとした、その時。
〝ごめんなさい、私にあなたの体を貸して。〟と母親の霊に言われて、カイルは思わずストップ。
「え・・・。」
戸惑いの声を上げたカイルの体はビクンと震えてよろめき、束の間 呆然となった。
数秒間、様子が妙だと気付いたほかの者たちにしてみれば、その姿は、この非常時にもかかわらず、いきなり意識が飛んでしまった人のよう。
実際、何があったのかはたちまちにして分かった。
このあと、カイルの言葉 遣いが激変したからだ。
「娘から離れなさい!」
精霊使いとしてのカイルは一変して大人の顔つきに変わることを仲間たちは知っているが、この時はいつにもまして凛々《りり》しくなったように見えた。
「まさか・・・。」とギルが呟き、レッドとリューイが息ぴったりでこう言った。
「カイルが乗っ取られた⁉」




