22. 一抹の不安
カイルの適切な処置を受けながら、落ち着いて療養できるようになったリンの体調は、その甲斐あってすぐに回復へ向かった。
そして、いよいよ浄化の儀式を行うと決めたこの日は、朝から気持ちよく晴れて、明るい太陽と、もくもくした白い積雲が、空にずっと浮かんでいた。浄化に必要な精霊たちは、本来暗い方が扱いやすい。だが今回は、それらに少し冷静になってもらわなければいけないので、そう考えると、まあのどかな絶好の日和といえる。
その独自の浄化方法というものを、完璧に頭に叩き込んできたカイル。精霊文字が分かり呪文を知っているので、やり方を覚えるのは難しいことではなかった。ただ二つのことを同時に行う方法ということで、念力が乱れないか。それだけが少し心配された。
足取り軽やかに、一行は森のやしろへと向かっている。やっと解決するかと思うと、気持ちも昂った。話し合いの末、ミーアも連れてきた。一切何も知らないミーアなどは、リンと仲良く手を繋いでピクニック気分だ。
ところが、不意に木漏れ日が消えうせたかと思うと、襲いかかるような影に覆われた。いっきに暗さが増す森の中・・・。見上げれば枝葉の向こうに青空は見えず、いつの間にか広がった雲が陰鬱な灰色に変わっている。湿っぽい風を感じて、雨雲が忍び寄っていたことに気付いた。
「急に天気が・・・。」
リューイが顔をのけ反らせて呟いた。
「風も出始めたな。」と、レッドも眉をひそめている。
「さっきまであんなに晴れてたのに。」
認めたくはないが、カイルも一抹の不安を覚えた。
一行は、川沿いの遊歩道にさしかかるところまで来ていた。この先の崖下へ降りて行く道は、ただでさえ周りの断崖と生い茂る樹木により光が遮られて、いっそう暗くなり気味が悪い。
おまけに、何か大きな鳥が力強い羽音を立てて、止まり木から飛び立って行った。
「カイル、日を改めるか。」
ギルにそうきかれて、今日終わらせるつもりで強気でいたカイルは、少し迷った。そしてリンを見つめる。リンは、この重くなった空気のせいで、深刻な表情に変わった大人たちを心細そうにうかがっていた。だが、今朝は具合もよく、朝ご飯もきちんと食べることができた。今回大事なのは、周りの状況ではなく、リン本人の状態。自分が気にせずしっかり臨めばいいことで、雰囲気の悪さは関係ない。一日でも早く、リンを呪いから解放してあげたいと焦るカイルは、そう気を引き締めた。
「でも今日はせっかくリンの体調もいいし、早くしないと・・・。浄化だけだから、上手くいけば時間もかからないし。」
エミリオやギル、そしてレッドは顔を見合ったが、カイルがそう言うので黙って従い、再び歩き始めた。
しかし、やしろに着いた頃にはゴロゴロと空が唸り、小雨もパラつきだした。頭上を洞窟が覆っているので濡れずには済むが、これから行おうとしているのが、逆に呪詛の儀式であるかのよう。この自然のいらない演出に、気合じゅうぶんでいたカイルも、さすがにやる気が少し削がれてしまった。
これ以上気分を害される前に、速やかに終わらせて帰ろう。慎重にかつ確実に。例え轟く雷鳴に邪魔されても動じず、集中する。きっと上手くいく。そう自身に活を入れて、カイルはリンを振り返った。雷が鳴りだしたことで、余計に怖がるかもしれない。そう思い、カイルは笑顔で明るい声をかけた。
「それじゃあリン、僕の言う通りに ――。」
ミーアがリンの手を振り解いた。
いきなりしがみつかれたレッドが、「雷か?」とうかがうと、ミーアは首を振りたて、レッドを盾にしながら引き攣った顔でこう言った。
「リンがへん・・・また。」と。
ハッとして目を向けるレッド。そして、「カイル・・・!」と叫んだ。
カイルはもう気付いている。
やしろの方を向いて突っ立っているリンの手足、それがまだ朝だというのに、みるみる変色していくことに・・・!
外ばかり気にして雨を見つめていたほかの者も、レッドの声を聞いて一斉に振り返った。
そこでキッと鋭くなったリンの顔は、赤い目をして、やはり魔物の形相である。無論、その顔も肌という肌が紫色に変わり、口からも尖った牙を覗かせていた。




