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19. 降霊


 リディバの町の集合住宅、二階の一室にて。


 ベランダにはたくさんの植木鉢が並び、室内にも観葉植物がにぎやかに顔をそろえ、そこに花瓶かびんの花がいろどりを添えている。そんな庭園のような部屋に、ギルとカイルは緊張の面持ちで立っていた。実際、今はカーテンを閉めているのでベランダの植木鉢は見えず、室内も薄暗い熱帯雨林のよう。


 ここは、例の老女の家である。


 近くに住んでいる娘夫婦がよく訪れるそうだが、基本的にはここに一人で暮らしているらしい。


 ギルとカイルは、中でもまだ若くて元気そうな一頭に乗ってやってきた。カイルには馬術が皆無かいむだからだ。ただ、自分たちを含め、背負わせる荷物が重くなることを考えると、結局は急いで来ることはできなかった。


 気持ち早く着けたか・・・というくらいにリディバの町に到着した二人は、前回と同じく、最初に町役場を訪れた。そして、老女から教えてもらった住所を、そこに併設してある情報局の地図で調べて迷わず来ることができた。


 老女は今、安楽椅子に目を閉じて座っている。


 そばにあるダイニングテーブルの上には、燭台しょくだいに立てられた大きな蝋燭ろうそくが用意されており、それには真っ直ぐに立つオレンジ色の炎が灯っている。


 今は、ささやかな儀式の最中だ。


 刻々と過ぎていく時間の中、二人とも心を落ち着かせ無言を続けていると、ある時、この無風の室内で、蝋燭ろうそくの炎がぐらりと揺らいだ。


 一人の女性の霊が、すうっと窓から入ってきて姿を現したのである。精霊たちに導かれてやってきてくれたその人は、五十代・・・それくらいに歳をとってはいそうだが、まだ溌剌はつらつとした感じの若さがある美人だった。彼女はすぐに状況を察してくれ、すみやかに老女の体にとりいた。それを見ることができたのは、無論カイルだけである。


「私を呼んだのは、あなた?」


 老女の目が開いて、真正面にいるカイルに向けられた。口から出たその口調は、乙女心を持ち続けている老女本人とそう変わらないものだったが、抑揚よくよう感が違った。彼女よりもハキハキ喋るこの人は、確かに別人だ。


「初めまして、僕はカイルです。この人はギル。」

「私はレネです。こんにちは。なぜ私は呼ばれたのかしら。」


 黄泉よみの精霊たちが間違いなくその人を連れてきてくれたのを確信すると、カイルはすぐに本題に入った。


「思い出させてしまうと嫌な気分になるかもしれないのでききづらいんですけど、助けて欲しいんです。あの・・・首輪の呪いに覚えはありますよね。」


 老女、いやレネは固まってしまった。


 そして数秒後、大きく息を吐き出して、彼女は返事をした。


「正直そうね。とてもおぞましい記憶だわ。それで、助けて欲しいっていうのは?」

「はい。その首輪を森のやしろの中から見つけて、首に着けてしまった八歳の少女がいるんです。」

「もしかして・・・。」

「はい・・・また同じことが。」

「でも、念のために隠しはしたけれど、呪いはもう綺麗にされたはずよ。しばらくおじいさんが預かってくれていたけど、もう恐ろしいことなんて何も起きなかったし。」

「それがよみがえったんだと思います。原因は分かりません。」

「そう・・・。あ、でもそういえば・・・。」


 レネには、その時の様子を昨日のことのように思い出すことができた。実際には、何百年も昔に起こった事件であるのに。忌々しいことに、人生で最も印象的な出来事となってしまったせいだ。


「首輪はもう誰も手にしないようにって、後日、おじいさんが大人の人たちとあのやしろに埋めに行ったんだけど・・・おじいさんが、気になることがあるって口にしたのを、一度聞いたことがあるわ。首輪を取ってもらったあとのことだったから、もしかしたら、呪いがよみがえった原因と何か関係があるのかも。」


 彼女が言う大人の人たちとは、当時の親世代のことだろう。そんなことより、いかにも重要人物らしい者が何度も出てきた。


 これを追及しなくてはと、カイルは意気込んで質問。

「あの、おじいさんというのは・・・?」

「呪いを綺麗にして、私を助けてくれた人よ。」


 やはり・・・と、いうことは。

「その人は精霊使いですか。」


「ええ、そうよ。村で唯一の、とても偉大なおじいさんよ。」


 〝神様じゃないじゃないか。〟と、言いたげな横目を向けられたギルは、〝だから、こちらの推定すいてい八十歳のお嬢さんが・・・。〟という視線を返す。


「その人に私は運よく助けてもらえたけれど・・・そう、八歳の女の子があんな目に・・・なんてことなの。」

「その子はさらに強い霊能力を持っていて、その呪いを常に感じ取ってしまうため、体まで弱ってきています。早くしないと危ないんです。だから、その時に行われた儀式について教えてください。」


「もちろん、知っていることは全てお話します。あの時は確か・・・黒紫色の炎が燃え上がり、君の体を包むことになるが、決してやしろから出てはいけないと言われたわ。上手くいけば、この中は特殊な力で守られるはずだからと。」


「特殊な力?」


「恐らく、壁のことよ。やしろは吹き抜けだったでしょう?でも、炎が上がる少し前に壁ができたの。緑色に光り輝く壁だったわ。それに、炎の色は黒紫と聞いていたけれど、実際には淡い綺麗な紫だった。」


「ほかには?その壁について、何がどうなってできるとか、もっと詳しく聞いていませんか。」


「そうね・・・柱についてなら、主人・・・当時は彼がこんな話をしてくれたわ。君を守ることができる木が見つかった。この森の精霊たちが守ってくれるそうだよって。ああ、彼は大工だったの。彼だけじゃなく、村の男の人はみんな大工だった。それで、その精霊使いのおじいさんに頼まれて、その木であの不思議なやしろを造ってくれたというわけ。」


 見事、的中。エミリオの洞察力に、ギルは改めて感服した。


 一方のカイルは、しばらく沈思黙考。

 そして自分なりの考えがまとまると、ギルにこう説明をした。


「あくまで僕の推測なんだけど、彼女の話から考えられるのは、呪いを浄化する力を攻撃とすれば、それを森の精霊の防御力と上手く融合ゆうごうさせて、炎を人体には影響のないものに無害化したんじゃないかな。その証に、淡い紫の炎になった。あのやしろが造られた理由は、やっぱり森の神への崇拝心を示し、呪詛じゅその儀式で祭壇なんかを置くように、力を得るのにより効果的で負担が軽い方法を導き出したことから。やしろに使われた木材に宿る精霊は、とても強力なんだと思うよ。きっと、あの神々《こうごう》しい深い森の力を利用したんだね。」


「で、納得できたはいいが・・・お前にそれができるのか。」


「答えが分かれば、過程は僕のやり方でできないこともないと思うんだけど・・・自己流になっちゃうから、正直、まだ不安。やっぱり、確実に成功した実際の手順と呪文を正確に知って、できれば模倣もほうしたい。」


「あの・・・ひょっとしたらなんだけど、そのおじいさんは村長でもあったの。それで、いろいろなことを後世に残したいって、よくものを書いていたわ。そして、おじいさんが亡くなったあと、家にあった書物の多くが、集会所で保管されることになった。だから、もしその後もずっと大事に置いてくれていたとしたら、その中に方法を詳しく書いたものがあって、まだ残っているかも。その浄化方法は、おじいさんが編み出したものらしいから。でも、もうずいぶん昔の話で、期待はしないで欲しいんだけど。」


「確かに、今そこにいるトラウの村人とは何のつながりもないから、村を移る時に子孫が持って行った可能性も大いにある。その集会所って、お前が診療所として使っているアレだろうな。」


 精霊使いの村長。つまり、おとぎ話に出て来た神の遣いと神様は、同一人物。話を聞きながら、ギルは、そんなゆがみを修正してそう言った。


 そして、明らかに住居とは違うその平屋の建物の中を、二人ともすでに見ていて知っている。当時からあったとして補修や改築工事が繰り返されたとしても、何年経っても村人たちがつどう場以外の用途では使われることがなさそうなものだった。













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