14. 首輪の伝説
「どうしてこう、いつもこんなに待たされるんだい。私を誰だと思ってるの。当然、優先すべきでしょう。」
「あの、ですから何度も申し上げておりますが、今はもう・・・。」
対応している若い女性職員は、困り果てている様子でおろおろ。見ている方は、無条件に気の毒になってしまう。実際、そういう顔になっている二人の今度は右から、何やら陰口をたたく密やかな声が聞こえてきた。横目に窺うと、すぐそばの長ソファーに、六十代前半と思しき二人の男女がいた。
女性が言う。
「まただ。いつまで振りかざすつもりだろうね。」
男性が言う。
「まったくだ。彼女の先祖がこの町を治めていた時代はとっくに終わって、今の領主様のご家族でさえ、誰も身分をひけらかしたりしないのに。」
「しかも、彼女の先祖の時代は酷いものだったんでしょう。そのせいで、例の首輪の伝説がこの町にはあるってのに。」
たまたま聞き耳を立てていたエミリオとギルは、この時目を見合った。
「それが恥じるどころか、あの態度だ。」
「ここを治めていたのが一番長かったからだろうね。」
「勘違いもいいところだよ。」
何か嫌な会話を聞いてしまった気がする・・・と、滅入りながらギルは胸中で呟いた。どうも関係がありそうな声を聞けたことには狙い通りと良くもとれるが、その内容が政治がらみくさいところに、調査が難航しそうな幸先の悪さを感じた。
苦笑いを交わし合う二人。
そこへ、やっとそれらしい人物が現れて、真っ直ぐに近づいてきてくれるのが見えた。定年退職間近じゃなかろうかと気になってしまう、年老いた男性職員である。
「お待たせしました。どうぞ、こちらへ。」
あとについてゆっくり歩いていくと、同じ室内の片隅に、低いテーブルを挟んで向かい合わせに二脚のソファーが置いてある。こじんまりとした応接室が現れた。
丁寧に促されて、奥のソファーに一緒に腰を下ろしたエミリオとギルは、ついたて一枚で仕切られただけのそこで話を聞かせてもらえることに。
やりとりはどちらでも問題はなかったが、エミリオが引き受けた。最初に、多忙な中時間を作ってもらったことを詫びてから話し始める。
「我々は、ここより東に広がる森の中にある村から来た者です。」
「村があるのですか。あの森の中に。」
その職員は突然、食いつくような反応を見せた。
「ええ。我々が持っている地図には載っていませんでしたが。その中の岩山に存在しているトラウという村です。」
すぐに思い当たったらしく、その職員はこう返してきた。
「何十年か昔まではスラバという村があったのですが、こちらの管轄になりますので、後日調べてみます。」と。
これで、あの少し原始的な村にも指導の手が入り、この町の管理下に置かれるだろう。何かあれば相談に乗ってくれる窓口ができ、何かと補助や手当てを受けられるようにもなる。納めるものを納めるよう催促されることにもなるが、それが適正であれば悪いことばかりではない。
「失礼しました、どうぞ続きを。」
「はい。そこで、ある宝飾品が森のやしろの中から見つかりました。水晶を繋ぎ合わせている真ん中に、水色の天然石をあしらった首飾りです。それに、こちらの町の名と思われる文字が刻まれていました。我々がそれを知らせに来た理由ですが・・・その首飾りが今、一人の少女を苦しめています。ある精霊使いの見解によると、それには呪詛がかけられていると。解決するためには、いろいろと調べる必要があります。それで、関係する事件か何かがこの町で起きてはいなかったかと、こうして参りました。」
「そうですか・・・。私はこの町で生まれ育って、もう何十年もここで働いていますが、その間にそのような出来事が起こったという心当たりは、残念ながらありません。ただ唯一、それらしい首輪にまつわる伝説なら、この町に確かにあります。何百年も昔の話だと言われています。お役に立てますかどうか。」
そう前置きして、その年配の職員は話し始めた。
「今ではご覧の通り、住民のための機能的な町へと生まれ変わりましたが、その時代に、このリディバの町を収めていたモリス子爵は ―― 」
その職員はハッとしたように言葉を切ると、首を伸ばしてついたてから顔を出し、役場の広い室内に視線を走らせた。
そのあとで続きを話し始めた彼の声は、心なしか小さくなったように思われた。
「その時代に、このリディバの町を収めていたモリス子爵は、ずさんで無秩序な統治を行い、贅の限りを尽くして住民たちを苦しめていたそうです。そんなある日、子爵家の末娘が、追い詰められた住民に利用されてしまい、一度嵌めると取れなくなる呪いの首輪・・・関係があるとすれば、それはこの首輪だということになるのですが・・・それを贈られた彼女は獣のように豹変して、屋敷の者たちを次々と食い殺すという事件を起こしました。そのため彼女は、自分の両親の命令によって殺害されてしまいます。ところが、それでは呪いを解くことができなかったために、首輪は、彼女の死体から頭部を切り落として外されたあと、とある術使いによって浄化されました。しかし気味が悪いと、子爵夫人は、詳しいことは何も教えず、偶然出会った一人の若い旅人に、その首輪を譲ったそうです。」
ここに、五秒ほど沈黙が落ちた。
「・・・終わりですか。」
「はい。」
子供に語るには何とも後味が悪く、教育上どうかと思う結末である。
粘っても意味はないと早々に判断した二人は、諦めて静かに席を立ち、共に礼を述べて引き下がることにした。




