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2. 屋敷の住人たち


 大理石の床の間の真ん中に幾何学模様きかがくもよう絨毯じゅうたん、そこに大きな円卓をでんと置いてあるダイニングルームの席には、五人家族のうちの四人がそろっていた。まだ来ていないのは、末っ子のファトラだ。


 ファトラは名門のお嬢様学校に通う女学生である。結婚適齢期の長女ラルダはすでに婚約しており、職業はと聞かれれば、いちおう家事手伝いの身。嫡男ちゃくなんのギリアンは、父のもとで重役とは名ばかりの楽な仕事を任されている。そして、一家の主であり子爵であるはずの夫を尻に敷くダリアは、陰の統領といったところ。これが、この屋敷の住人の家族構成である。


 やがて、珍しく最後にその食堂へとやってきて姿を現したファトラは、首のチョーカーをいじりながら困ったような表情を浮かべていた。実は、首から外せなくなってしまったのである。留め具は引き輪と板カンの一般的なものだが、やや太くて大きめ。そのつまみの部分が下りず、固まったように動かなくなってしまった・・・というわけだった。


 そんなファトラの不自然な仕草しぐさは、家族の視線を次々とその首飾りに集めた。

「天然石じゃない。安っぽいわね。」

 ファトラの姉のラルダが言った。

「ファトラ、いい加減に自覚してちょうだい。あなたは貴族なのよ。首に飾るなら本物の宝石になさい。」

 母のダリアが、あからさまに顔をしかめて言う。

「でもお母様、なぜか外せませんの。」

 それで悪戦苦闘していたため、遅れたようだ。

「安物はこれだから。」と、今度は兄のギリアンが吐きてた。

「明日、町の工場こうばにでも行って壊してもらいなさい。」

 表情を変えることなくダリアが言った。

「せっかくいただきましたのに。」


 ディナータイムは、唯一家族がそろう時間。なのに、このなごやかとは言えない会話中にも、召使いたちは磨き上げられたグラスに芳醇ほうじゅんな赤ワインを注ぎ、次々と料理を運び込んでいる。気付けば、魚介と野菜のマリネや、チーズをハムで巻いたものなど、前菜三品が目の前にそろっていた。初めからずっと無言の父親、つまりモリス子爵はというと、まるでどうでもいいという顔だ。


 間抜けな末娘との会話を呆れたため息で締めくくったダリアは、そんな夫に視線を転じた。そして、努めて自然にこう確認する。

「あなた、今日はお疲れ様でした。それで、何も問題は起きませんでしたか。」と。

 気になっているのは、当然、視察にきた侯爵と騎士団のことである。

「ああ。町役場と、ほかに公共施設をいくつか回ったが、特に何も。どこを見ても機嫌よくうなずいてらしたよ。」

 一瞬、射抜いぬくような鋭い視線に変えたダリアは、その時、冷や汗をかいた様子の夫をつかの間 見据えた。

「・・・そう、それは良かったわ。では、いただきましょうか。」

 それからは、家族は穏やかに食事を続けた。


 前菜を完食して次の料理を待つひまつぶしに、ファトラは何気なく南に面したアーチの連窓に目を向けた。そこから見える夜空はかすんでいて、月も星も無かった。

 今夜は闇夜ね・・・と、自室のベランダに立って星空を眺めるのが習慣となっていたファトラの気分は、ますます下降した。










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