10. 外れない・・・
ある日の夕方、無事に故郷へと帰り着いたリアンは、優しく労をねぎらってくれる恋人の家に招かれた。久々の彼女の手料理に舌鼓をうち、結婚前に早くも至福を感じてしまったリアン。
その彼の婚約者であるレネは、母親と二人暮らし。だから、リアンは喜んでこの家に同居するつもりでいた。ところが、小さな村の中で、同じ村人と結婚するのだから気にしなくていいと言われて、二人は新居を構えることになった。気が引けるものを感じながらも、朝も昼も好きなだけ遠慮なく彼女とイチャイチャできると思うと、リアンは喜ばずにはいられなかった。
しかしここは、村人たちが協力し合って成り立っている自給自足の村。実際には大工仕事だけでなく、ほかにも何かとやることがあるのだから、とりあえず昼間イチャイチャできる時間はまずない。新居は間もなく完成予定なので、イチャつく場所はあっても時間は無いという、この時もそのへんの現実を完全に無視して、リアンは滑稽なほど浮かれながら挙式の日を心待ちにしている。精神的にずっと大人であるレネも、早々に付き合っていられなくなるだろうに。
そんな彼女は、オリーブ色の長い髪をいつもサイドで一つに束ねている、気立ての良さそうな美人。リアンに言わせれば絶世の美女だそう。もちろん彼女自身はそんな大それた自覚など無いし、ほかの村人もみな、彼女のことを、しっかり者の溌剌美人だと普通に思っている。
やがて夕食もその片付けも済み、リアンが楽しみにしていた、彼女の部屋で二人だけの甘い時間が訪れた。
ただ、その部屋は無機質で、演出効果はあまりない。村の家屋の建築仕様は統一されているから、どこも少し冷たい感じがする、石張りの床と白壁である。几帳面な彼女も変に飾ったりしないので、整理整頓が行き届いた清潔感のある様相。ニッチに置いた一輪挿しの黄色い花に、唯一 乙女の部屋を感じることができた。
そこで好きに寛いでいてと言われたリアンは、やがて食後の飲み物を持ってきてくれたレネが、トレーをサイドテーブルに置いて隣にくるのを、落ち着かなげに待っていた。室内には一人掛けの椅子があったが、この日に限らず、リアンの眼中にそれはない。彼が腰掛けるのは、いつも窓際にある木製のベッドだ。
そこに二人で体を寄せ合って座り、話をして、ふざけ合って、愛し合う。だから、この日も早くそうしたくて、リアンはうずうず、そわそわしていた。それにリアンは知っている。人前では常に凛としている彼女だが、二人きりになると、ちゃんと甘えてくれることを。
なのにレネは、一輪挿しの花瓶を持って、また出て行ってしまった。今日、水を替えるのを忘れていたらしい・・・じれったい。
唸りながらベッドに背中を倒して、リアンは足をバタバタさせた。
結局、レネがリアンの隣に来て落ち着いたのは、それから約十分後のこと。
「お待たせ。」と可愛らしく声をかけられて、姿勢を正したリアンは、背中で隠していたものに慌てて手を回す。
「レネ、あのさ・・・さんざん歩き回って見てきたんだけど、気に入るものがなかなか見つからなくて・・・。」
「そうなの?じゃあ・・・。」
「ううん、ちゃんと用意はしてきた。ほら、これ。」
高級感漂う白い箱が姿を現すと、レネは驚いたように目をぱちくりさせた。無理をして宝石を買ったのかと心配になったが、続いて小箱の蓋を開け、その中身を見せてもらうと胸を撫で下ろした。じゅうぶん高貴で魅力的ながら、宝石には至らない天然石だ。
「とても綺麗だわ。」
「うん、これは僕も気に入ったんだ。」
「じゃあ、少し無理をしたのね。」
「いや、そうじゃなくて・・・実は親切な人と出会って、譲ってもらったんだ。そういうの気にするかな・・・って。」
レネは取るに足りないことのように微笑んで、首を振った。
「運が良かったじゃない。ありがとう。」
ほっと一安心したリアンは、それから嬉しそうに言った。
「ねえ、ちょっと着けてみたら?どんな感じか見たいな。」
「でも衣装と合わせてみないと。」
「いいから、いいから。」
「しょうがないわね。」
レネは体を回して、彼に背中を向ける。それから、束ねている髪を両手で持ち上げてみせ、首飾りを着けてもらった。
向き直ったレネの姿に、リアンは一首 詠みだしそうな、叶わぬ恋を嘆く詩人のような顔になっている。
「すごく素敵だ。絶対、似合うと思ったんだ。これが宝石なら、まるで王女様だよ!」
子供のように素直で遠慮ないリアンは、いつもこんなふうに、思いつく限りの愛や褒め言葉を元気よく叫んでくれる。正直、ありがたみが無くなってしまう・・・。時には甘く囁かれたいものだ・・・と、レネはたまに思う。
「言い過ぎよ、リアン。それに、宝石みたいに綺麗だわ。」
「ああ・・・もうすぐ君と一緒になれる。」
「私も待ちきれないわ・・・はい、じゃあ取ってくれる?」
早過ぎる・・・なぜにそんなにそっけない。
不覚にも頭の中で不本意な詩を詠みだしたリアンは、たちまちいじけた。
「もう少し浸らせてくれても・・・意地悪だな。」
「当日の幸せが半減しちゃうじゃない。」
レネはそう言いながら、またくるりと後ろを向いた。
「分かったよ・・・あ、あれ?」
「なに?」
戸惑いの声を上げたリアンに、レネも顔をしかめて、視線だけをそちらへ向けた。
チョーカーを両手で掴んでいるリアンは、どうしたのか、それをカチカチいわせているだけである。
「外れない・・・。」
「嘘でしょ。」
「あれ、なんで・・・すごく固いよ。」
「もう・・・。」
「壊すわけにいかないしな。」
リアンよりも先に諦めたレネは、髪を下ろして座り直した。
「明日、誰かに外してもらいましょ。」
そうして、思わぬハプニングもひとまず置いておき、あわよくば・・・と考えているリアンは、邪魔になる小箱をさりげなく二人のそばから遠ざける。
「レネ・・・。」
「なに?」
「旅を終えて久々に帰ってきたんだよ。だから、ほら・・・。」
リアンは目を瞑って子供のように唇を突き出し、キスのおねだり。レネは残念そうにため息をついた。もう少しムードを考えて欲しいと。
「・・・そうだわ。ねえ、式までキスもお預けにしましょ。そしたら、もっと幸せな気分に ―― 」
言っている間に、いきなり腰と肩を抱かれて口づけされた。
五秒後、やっと彼女を解放したリアンは、ムッとしながら言う。
「無理。ほんとに意地悪だな。」
自分がしたいことをやる時だけは、急に男らしくなる。いや、これは我儘な子供と同じじゃないか・・・と、やっぱりレネは思う。




