9. 貴婦人の本性
繁華街を離れたその馬車は、やがて糸杉が連なる田園風景の中をしばらく進んだ。そしてそのまま、なだらかな丘の上にある住宅街へと入って行った。繁華街と同じく赤や茶色の屋根が目立ち、外壁も淡い暖色系が多い街並みである。
庭付きの立派な一軒家を通り過ぎる度に、どんな家に住んでいるんだろう・・・と、金持ちであることは間違いない彼女の住まいを想像しながら、リアンがきょろきょろしていると、ひときわ大きな敷地の中に、宮殿と見紛う豪邸が現れた。
リアンは息を呑み、ポカンと口を開けた。
その前に広がる庭園のフェンス沿いにやってきた馬車は、兵士の制服を着た男性が立っている門のところをクイッと曲がり、豪邸も豪邸という、その建物の玄関前で停まったのである。
「あの・・・あなたは。」
今頃、名前をきかれたわけではないことくらい、彼女にも分かる。
「夫がこの町の領主なの。気にしないで。さあ、どうぞ。」
微笑みながらそう答えた彼女は、先に降りた執事がうやうやしく差し出してきた手を取り、優雅な物腰で地面に足を付けた。
そしてリアンも、執事が開けてくれている大きな玄関を通って、豪邸の中へ。すると、吹き抜けの広い空間が目の前に現れた。そこでまず、リアンは、二階へ続く二つの階段にたちまち魅了された。それは、左右から美しい曲線を描いて、二階中央の張り出したフロアに至っている。大工見習いとしては、ついついその出来栄えだけでなく、構造などにも注目してしまう。無理のない曲がり具合、ほどよい段差、完璧なシンメトリー・・・見事。
思わず腕組みして偉そうに頷いていると、いつの間にか現れていた召使いの女性に、「どうぞこちらへ。」と、丁寧に促された。
今の状況を思い出したリアンは、貴婦人に目を向けた。
「それじゃあ、すぐに用意してくるわね。」
「あ、お願いします。」
彼女は、二階へと階段を上がって行った。
リアンの方は、一階の通路を通って、噴水のある中庭に面した応接室へと案内された。
調度品の一つ一つに、やたらと金飾りが使われている華麗なその部屋で、リアンは今まで味わったことのないローズティーと、整った形の焼き菓子でもてなしを受けた。ミントなどのほかのハーブティーならリアンも知っている。それに、手作り感丸出しの、いびつな形が逆に愛らしいお菓子。リアンの村では、基本的に自給自足だ。
煌びやかなその部屋で、都会で商品として売られているものは何もかも違うな・・・と、リアンは感心しながら王子様気分まで味わっていた。
三十分ほど楽しんだところで、部屋の外の気配に気づいた。
そして間もなく、小箱を抱えた彼女が現れる。
「お待たせしてごめんなさい。専用の箱が見当たらなくて・・・。」
「わざわざそれを探してくれていたんですか。」
「ええ。だからほかのもので間に合わせたんだけど、どうかしら。」
そう言って、向かいのソファーに腰を下ろした彼女がテーブルの上に置いた物に、リアンは期待で胸を膨らませた。
何の飾り気もない白い箱だが、しっかりしていて上質であるのが触らなくても分かる。
シンプルは気品を表す定番。中に収められていたのは、まさしく宝石なるものに違いない。もっとも、これは代用品。今その中身が違っているのは分かっている・・・が、そういうものが買える大富豪から譲ってもらえるものなのだから、少なくとも自分ががっかりしてしまうような品であるはずがない・・・と、リアンは思ってしまう。
そして、彼女に促されて、自分で箱の蓋を開けてみたリアンは、うっとりと歓喜のため息を漏らした。
目に飛び込んできたのは、天然石でも質が良いと思われる、水色のそれらをあしらった首飾り。商店街をさんざん歩き回っていた時には品数が少なく、リアンも鎖の長いネックレスばかりに目がいっていたが、それは、パールを編み込んだように綺麗なクリスタルの粒でできているチョーカーだった。真ん中の天然石の下には小さな石が連なってぶら下がり、胸元も美しく飾ってくれる。芯からの輝きを放つ宝石ほどの気高さはないが、じゅうぶんに高貴で素敵な首飾りだ。
「気に入った?」
「はい、とても。これなら彼女も喜んでくれると思います。本当にいいんですか。」
「ええ、私はそういうもの・・・あ、ごめんなさい、悪い意味じゃないのよ。ほら、もっと若い子が身に付けるものだと思うから。私はもう・・・ね。」
「いえいえ、ご婦人はとてもお若くてお綺麗でいらっしゃいます。でも、確かに宝石の方が似合います。」
苦笑を浮かべた彼女を、リアンは精一杯の丁寧語で持ち上げる。
「えっと・・・それじゃあ、急いで帰らないといけないので、そろそろ行きますね。」
「繁華街の大通りまで送らせるわ。ここへ連れてきたのは私だもの。」
「助かります。実は、道を覚えているか不安だったので。」
リアンがそう答える間にも、彼女はテーブルの端に立ててあるベルを握っていた。
高音でよく鳴り響く音が、彼女の執事を速やかに呼び寄せる。
「彼を繁華街の大通りまでお送りしてさしあげて。それから、私にもローズティーをお願い。そう誰かに伝えてもらえるかしら。」
「かしこまりました。」
うやうやしく腰を曲げた執事につられて、立ち上がったリアンは、深々と頭を下げながら彼女に礼を述べた。
そうして、執事と共に退室した見知らぬ青年は、このリディバの町より東にある広大な森へと帰っていった。
目の前にティータイムの用意が整うまでは、そこから見える中庭を眺めて、気持ちを落ち着かせていたダリア。
それから数分後。
運ばれてきたローズティーを一口 喉に通したダリアは、より解放感で満たされゆく体をソファーにたっぷりと預けて、一人笑みを浮かべた。




