自己紹介です。
「……すっげーな……」
「まぁ、ゆっくりしていってよ」
訳の分からない状態から助けてくれた時崎は俺を連れていま古い校舎の中を案内してくれている。
ここは"夢幻場"というらしい。
この場に入ってきた人の精神に影響されて毎回毎回建物や風景が変わるという。
この古い校舎は昨日テレビのドラマで見たものだ。
室内までは同じではないけど外観や風景は全く同じだった。その室内はとても入り組んでおり、時崎の案内なしでは出口にもたどり着かないだろう。
「なぁ、時崎。色々聞きたいことはあるけどよ。とにかくここで"俺を助けてくれる"んだよな??」
「そうなるかな。ここに来るときに犬の"クロ"に会って導かれたなら間違いないから」
クロ。どうやらあの角付きの犬はクロというらしい。
そしてここが俺を助けてくれる場所。
その言葉を聞いて少し気持ちが軽くなったのを感じた。
「ここだよ。さぁ入って」
たどり着いたのは"校長室"と書いたプレートがついている扉の前。
ここに来るまでに色んな曲がり角を曲がり、階段を登り降りして、たどり着いたのが校長室って……
「えっ。校長先生がいるのか??」
「いないよ。ここを僕の部屋にしてるだけ」
また平然と言ってくる時崎に困惑する。
ここにくるまでに色々変なことはあったけどやっぱり時崎が極めておかしい。
いや、学校でもそうなのだが……よく言動がおかしいことがある。
それでいて普通の表情で話すから周りがあまり寄り付かない。
それでも俺が時崎と友達でいたのは…
と、考えながら扉を開けてみると
「主様!!」
「どわっ!!!」
突然部屋から飛び出してきたものに押されて倒れてしまった。
そしてそれはすぐに俺の上からどいて時崎の足元に立ち
「この者を連れてきました!間違いないでしょうか!?」
「ありがとうねクロ。あとは休んでていいよ」
「はい!」
そういってポケットからビーフジャーキーを取り出してクロに与えた。
美味しそうに食べながらこの場所から離れていくクロを呆然と見送った俺は……
「い、犬が喋った!!?」
「それは喋るよ。クロだから」
「その"当たり前だよ"という感じを出すな!!」
えっ。本当に何言ってるの??と言いながら部屋に入る時崎。
こ、コイツは本当に人の話を聞かないし、言うことも聞かない…
これ、本当に俺の願いを叶えてくれるのか……
肩を落としながら部屋に入るとやっぱり"ザ·校長室"みたいな感じだった。
正面に高級感のある椅子と机。その手前に向かい合うソファーと真ん中にテーブル。部屋の端には棚があり難しそうな本がキッチリと並んである。
時崎は正面の椅子に座らずにソファーに座ったので俺も向かい側のソファーに腰を下ろした。
「ちょっと待ってて。宮野のお茶を持ってくるから」
そう言ったタイミングでコンコンと扉からノック音がした。
そして部屋に入ってきたのがリクルートスーツの女性。
手にはお盆、2つの湯呑と急須。そして茶菓子もあった。
それをテーブルまで持ってきたあとお茶汲み、時崎だけお茶と茶菓子を置いた。
そして時崎の背後に回ったあとコチラを見てニヤリと笑った。
こいつ!わざとかよ!!!!
「宮野。ちゃんと彼にもお茶を出して」
「いや」
「嫌じゃない。失礼でしょうが」
「虫に失礼なんてものはないのよお兄ちゃん」
悪気がありまくるなーこの女はッ!!!
さっきお兄ちゃんの言う事しか聞かないといいながら全く聞いてない。
何なんだこの女は!!!!
「ゴメンね。僕の飲んでいいから」
「い、いや、いいけど……それより……」
するとまたコンコンとノック音がしたあと、バンッ!と勢いよく扉が開き入ってきたのは残りの女達。
「私も混ぜてくださいよお兄さん!!」
「そうじゃぞ。仲間外れは良くないわい」
そういってすぐに時崎の背後に回る二人。
……分かっていたけど、なんだこのハーレムはッ!!!
見せつけにも程がある!学校とは全然違うじゃねえかよ!!!
「せっかくなので自己紹介しましょうか」
「いや、いらないから話を……」
「じゃ式守から」
「話を聞けッ!!!」
ダメだ。全く話を聞かない。
はーい。と手を上げる女性の服装は見たことある。
名門校である女子高の制服で、そしてその服装を着崩している。
露出。とまではいかないが胸元がヤバい。胸が大きいためか着崩しのせいでなんとも……
「私は式守 友奈でーす。お兄さんの"小悪魔"です!」
「………はい??」
「あまり変な目で私を見ると"呪い"殺しますからね!」
言っている意味は分からなかったが、視線がバレているというのが分かったのですぐに視線を外した。いや、あんな服装で観るなというのが無理な話で!!
と、自分に言い訳していると次の女性が自己紹介を始めた。
「妾は天上院 杏。兄様の"サキュバス"じゃ」
「いや、だからそれ何??」
「五月蝿いぞ小僧。本来なら妾と対面すら叶わぬ身だと知れ!!」
かなり高圧的な女性は着物を着ており、髪は床までつきそうな程に長くきれいな髪。一度見たら忘れることも出来ないほどの美女なのに…どうしてこうも……
「最後は私ね。宮野 夜月よ。私はお兄ちゃんの"鬼"だから」
「……本当に、なに、それ……」
「知る必要はないわ。自己紹介ではいう決まりなの」
説明してくれるわけではないようだ。まぁ知らなくていいならそのままにするけど……
「そして私達のお兄ちゃん。時崎 一よ。ひれ伏しなさい」
「なんでだよ!!!!」
「私達"人外"の頂点なのよ。当たり前なことを言わないで」
「だから説明しろよ!!意味が分からないだよ!!」
「五月蝿いわね。殺すわよ」
「扱いが酷すぎる!!」
色々と、本当に色々と聞きたい、ツッコミたいことがあるけど、とにかく!!
「俺を助けてくれるだろう時崎!助けてくれよ!!」
「まぁ、そのためにここに呼びましたからね。さて、でもどうしましょうか……」
腕を組んで悩む時崎。
俺を助けてくれると思ってここに来たけど、時崎が悩むほどに難しいのは分かっているつもりだ。
なにせイジメとか、抗争とか。そういうドンパチでなく。
お金がほしいとか、力がほしいとか。そういう願いでもなく。
俺が叶えたい、助けて欲しいのは、もっと身近で、大切なもの。
「お兄ちゃんは知ってるの??この虫のお願いって…」
「知ってるよ。まぁ宮野達じゃ分からないよ」
「ほう。いくら兄様でも舐めてもらっては困るの」
「はい!じゃ先ずは私が当てますね!!」
……なんかクイズ形式になってきたな……
まぁ、時崎が分かっているみたいだからいいけど……
「ズバリ!顔をマトモにしたい!!!」
「違うわ!!ふざけるな!!!」
「あれ??まんぞくしてるんですかその顔で…」
「おい時崎。お前の所の女共は悪口を言わないと死ぬのか!?」
そんなことありませんよ。と軽くいう時崎にムカッとくる。
マジでちゃんと躾けてほしい。こんなにも時崎に懐いているなら時崎が言えばちゃんとするんじゃないのか……と考えたあとに宮野を見て、無理だったと諦めた。
「なら妾の番じゃな。ふむ……虫になりたい、かの??」
「それはさっきからアンタが言ってるだけだろうが」
「ほう。虫じゃなければ塵にでもなりたいのか??」
「……コイツ、めちゃくちゃ腹立つ……ッ!!」
どうもこの天上院という女だけは合わない。
いや、他の女性とも合わないが、コイツだけは全く合わない。
バカにするだけじゃなく煽ってくるのがムカついてくる!!
「もうやめなさい。私達じゃ分からないと言ったのだから私達じゃ分からないのよ」
「そ、それはそうなのじゃが…」
「それにお兄ちゃんが言いたかったことはこの男を知らないから知るわけがないと言いたかったのよ」
「えーと、どういう異味なんですか??」
…これにはビックリした。時崎には"違和感"として分かってくれているみたいだけど、初対面の俺と時崎の言葉だけで答えが分かるなんて……
「お兄ちゃん。答えていいかしら??」
「いいよ宮野。それが答えであってるはずだから」
そして時崎も宮野という女性を信じている。
この二人は本当に、俺の事を………
「私は貴方の名前を知らない。そしてお兄ちゃんは貴方の名前を憶えていない。それが貴方を悩ませる事よね??」
………そう。俺の名前は"俺"。
俺にはちゃんとして名前があったのに名前が出てこないのだ。
「……頼む時崎。俺の"名前"をどうにかしてくれ!!」
これが俺が助けてほしいこと。
誰にも名前が知られない。思い出してもらえない。
"俺"という存在を助けてほしいのだ。




