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第八話 みたらし

甘くないみたらしも美味しい

 何をしても間に合わない。

 鹿目征十郎(しかめせいじゅうろう)は軽薄だが、目の前で小さな女の子が襲われるのを、黙って見ている人でなしではない。

 今すぐ助けに行ってやりたいが、引き摺られて遠くまで来てしまった。

 千春の元までは、まだ距離がある。

 化け物相手に、やめろと声を出すだけで精一杯だった。


 千春を取り囲んでいた大小の骨が、多宝塔の号令によって一斉に飛び掛かった。

 五歳の女の子だ。

 小さな身体は、何の抵抗も出来ずに細切れにされるだろう。

 千春の悲鳴を聞きながら、鹿目は諦めずに走るが、やはり間に合わない。

 どうやらこの物語は、観客が望まぬバッドエンドで終わるようだ。無害な子供を狙う化け物が、心の底から腹立たしかった。


 すると、予想もしない事が起きる。

 飛び掛かる骨どもを押し退けて、黒い影が千春の懐に滑り込んだのだ。吉田寺(きちでんじ)である。

 どうにも意図が図りかねるが、鹿目には、起き上がった吉田寺が千春を抱いて、自分の身体で隠したように見えた。


 そこに醜悪な骨が群がって行く。

 異様な光景だ。

 次々に骨が取り付き、すぐにこんもりと山が出来た。がしゃがしゃと擦れる音が漏れて来て、よく見ると骨は一様に傷が付いていた。何かの呪術を施された(あと)のようであった。


「血迷ったか吉田寺。手加減は出来ぬぞ」


 多宝塔はそう言うが、口許はニヤケが止まらなかった。ここ一週間、あの千春という餓鬼を喰らおうとしたら、吉田寺に何度も止められていたのだ。腹が空いて我慢の限界だった。

 神使(しんし)を先に殺るつもりだったが、どさくさに紛れて、あの餓鬼から先に喰らってやろう。日頃から偉そうな吉田寺に、思い知らせてやる良い機会だと思った。


「無病息災があるから平気じゃのう。どれ、そのチビを喰らう間、そこで耐えておれよ」


 滑らかに動く口に、多宝塔は満足した。

 骨の山に向かって歩くと、すぐに自分が油断をしてしまった事に気が付いた。

 目を離したのは数秒である。その数秒の間に、あのひょろ長い神使が消えてしまったのである。


「お前は二流だな」


 多宝塔が作り出す影から、黒いレインコートを羽織った男が生えてきた。いや、生えてきたように見えた。右手に太刀を握りしめている。


「お前を殺れば、骨も解散するんだろう?」


 聞き取れない金切り声をあげて多宝塔は振り向くが、後ろの景色を確認する前に、胴体から首が離れた。間髪入れず激しい炎が立ち上がる。

 首は地面に落ちる事なく、一瞬で細かい炭になって、暗い空に舞い上がった。胴の部分は、崩れて土に還っていった。


 鹿目が千春の方を見ると、音を立てながら山盛りの骨がほどけていく所だった。中から千春を抱き締めた吉田寺が出てくる。

 姉が、小さな妹を庇ったようにしか見えなかった。今の吉田寺は、もう、スミレではないかと鹿目は疑った。


「何のつもりなん? 助けてくれても許せへんで!」


 骨どもから解放されてすぐに、千春は、吉田寺から逃れようとするが腕を掴まれていた。


「離せ! アホ! 離せ!」


「千春、怪我はないか?」


 吉田寺が口を開く。

 声は低い、男のような声だった。


「怪我してへんわ! お姉ちゃんの顔して話すのやめろ!」


「千春、お腹すいた? あそこにご飯、あるから食べて」


「また、みたらしか? もう食べ飽きたわ! さっさとどいて!」


 どん、と千春が思い切って押すと、吉田寺は少しよろめいた。腕を振り払って鹿目の元まで走ってくる。


「神使! 次はあいつや! やっつけて!」


「いや、無理なんですけど……。さっきも言ったよねぇ」


「頑張って! なんとかなるから!」


「いや、もう精一杯やってるんだけど……。さっきから俺は、実力以上に頑張っていると思うんだ。なので無理無理」


 片手でイヤイヤをしながら、鹿目は心からそう思った。こんなに頑張っているのだから、特別ボーナスをもらったっていいくらいだ。

 吉田寺が眉間に(しわ)を作った。酷く困惑しているようだ。


「千春、こっちにおいで。一緒にご飯にしよう。みたらしが出来たから、一緒に食べよう」


「嫌や! お姉ちゃんを返せ! お姉ちゃんを返せよぉ!」


 と言って、千春はわんわん泣き出した。何か言おうとしていた吉田寺も、思わず口をつぐんでしまう。

 暫くの間、酷く荒らされた寺の境内に、女の子の泣き声だけが響いた。


「……千春、私じゃ駄目なのか?」


 吉田寺が遠慮がちに言うと、千春は大きく頷いた。


「そうか、千春。悪かった」


 そう言って、吉田寺は掌を自分の胸に当てた。

 (まばた)きする間に砂の塊に変わった。




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