第五十一話 鹿目征十郎 最終話
昨年の11月ごろから書き始め、無事に完結することができました。
ありがとうございます。
ほんじゃぁ最終話! どうぞ!
――遅くなってしまったと、日に焼けた女子高生は思った。
道路を横断する為に信号が青になるのを待っているが、一向に青にならない。それどころか、赤色の点灯は、一旦黄色になってから、また赤に変わった。どうやら故障のようだ。
「いいよね。故障なんやから……」
女子高生はそう言いながら、左右の確認の後で片側一車線の道路を横断した。
時刻は七時半になっていた。
辺りは随分と暗くなっている。夏の大会が近いので練習にのめりこみ過ぎたようだ。早く帰らなければいけない。姉や妹が心配しているはずだ。
すると、遠くの方で、何かを漕ぐような音が鳴った。
ギィコ……ギィコと絶え間ないが、音の正体は暗くて分からなかった。
女子高生は、ぶるっと身体を震わす。
何だか寒気がした。
この暑い時期に珍しい事である。
気を取り直して歩き出すと、道路の脇で、誰かが背中を向けて蹲っている。
地味な服装をした老人のようだ。
時折、車が通り過ぎるのだが、電柱の影に隠れるようにしているので、誰も気が付かない。横の側溝に落ちてしまいそうだ。気分が悪いのかも知れない。女子高生は、駆け寄った。
「大丈夫ですかお爺さん?」
「…………だれ……だ?」
変な声だと女子高生は思った。
しわがれた声だが、直接頭に響いてくるような感じがした。
「どこか、しんどいんですか? 救急車を呼びますか? お家の方に知らせましょうか?」
「う、うん……。腹がすいた……」
お腹が空いているだけなのかな? と女子高生は思った。
自分も中腰になり、老人の背中を優しく擦ってやる。ちらっと夜の空を見上げると、雲が異様な速度で動いていた。尋常ではない。嵐が来るのかも知れなかった。
「お爺さん、早くしないと――」
再び女子高生は、蹲る老人に顔を向ける。老人もこちらに顔を向けた所だった。
――眼球が無い。
本来、目がある筈の部分が広く陥没しており、黒い煙が立ち込めていた。
それだけではない。
老人の顔には、幾つもの亀裂があり、そこから煙が漏れている。
何かの皮を、無理矢理被ったようにぎこちなく見えた。
「きゃああああ!」
女子高生は慌てて飛び退く。
だが、老人は機敏な動きを見せて、女子高生の両腕を掴んだ。鞄が道路に投げ出される。
「旨そうな若い女じゃ。どれ味見してやろう……」
老人の口は、信じられないほど大きく開いた。
ミチミチと嫌な音が鳴って、口の端の皮が千切れる。
人間の頭ぐらいなら、簡単に飲み込めそうだ。
女子高生は助けを求めたいが、声がでなくなった。腕を振り解こうにも、物凄い力でびくともしない。
そこに、先ほどから聞こえていた、ギィコ、ギィコという何かを漕ぐ音が近づいてきた。緊迫した状況にそぐわない間抜けな音だ。
老人越しに見えたのは、自転車だった。
ママチャリである。
前のカゴに白いワンちゃんを乗せている。
黒いカッパを着た男が、懸命に漕いできたかと思ったら、少し離れた所に自転車を投げ捨てて、白い犬と共に、こちらに駆けつけて来た。
「やっと見つけたぞ! 間に合った! スミレちゃん! 思いっ切り反れ!」
男が叫んでいる。
どうして私の名前を知っているのかと、スミレは疑問に思ったが、先にやって来た白いワンちゃんが、いきなり老人の首筋に噛みついた。
そのおかげで、拘束の手が緩む。
スミレは、後ろに身体を投げた。
転げながら、何とか身体の自由を確保できたが、状況がまったく飲み込めない。
とにかく無我夢中で老人から離れた。
あれは人間ではない。
何か別の生物だと思った。
後からやって来た男は、いきなり長い刃物を振り回したようだ。
物騒極まりない。
だが、老人は、煙のようになって何事もないようにそれを躱す。
少し離れた場所に移動したかと思うと、また老人の姿になって、こちらに顔を向けた。
スミレはひきつった悲鳴をようやく出した。
気を抜くと、意識を失ってしまいそうだった。
「大丈夫かスミレちゃん。もう安心だからな」
長い刃物を構えた男は、スミレを庇うように立つとそう言った。
「どなたですか? 何が起こっているんですか?」
「詳しい説明は後でするけど、俺は鹿目征十郎だ。神使だよ。最近の女子高生は、神使なんてマイナーな職業を知ってるのかな? ウヘヘ」
スミレは思い出した。
神使とは、化け物専門の戦闘要員。
古くは、古事記が編纂される頃から、存在していた組織の成れの果て。
神鹿機関に属する国家の兵だ。
中学の教科書に載っていた。
彼らは闇から国を守っていると。
その神使が奈良に来ているという事は……。
「魔都化が始まるんですか?」
スミレは広い背中に向かって言った。
「ああ、そうだ。だけど安心してくれ。化け物どもの好きにはさせない!」
鹿目という男が言うと、何故かスミレは信じることが出来た。
もう大丈夫なんだと思える。不思議だ。
鹿目は気合を入れた。
「雪丸! こいつは吉田寺だ! 最初から全力で行くぞ!」
黒いレインコートがはためいた。
そういえばと鹿目は思う。
どこかで一部始終を、田中正治が見ているはずだ。車で来ているなら利用させてもらおう。
吉田寺をさっさと倒して、スミレを菜月の店まで送ってやらなくてはいけない。そこに千春もいるだろう。
がんばれ奈良 完




