第四十八話 闇を絶つ竜
そろそろ完結かと思われます。
最期まで頑張るぞい。
加筆を繰り返しております。(汗)
鹿目征十郎がレインコートから取り出したのは、千四百年前に、豊聡耳が佩刀していた七星剣の複製品だ。破邪の力を込めて鍛え抜かれた鉄剣には、北斗七星が刻まれている。刀身の長さは二尺ほどで、それほど長くはないが、触れずとも周りの空間を切り裂いてしまいそうな鋭いイメージがした。
その剣を手にした途端に、身体中から何かが大量に流れ出る気配がして、視界がどんどん狭まる。それこそ寿命が縮んでいくような錯覚を覚えて、鹿目の頬は、げっそりとこけてしまった。
慣れないことはするもんじゃない。
「くそ……。やはり俺には荷が重いか……」
鹿目が、ぐらりとよろめくと、後ろの千春が脇に腕を差し込んで支えた。
「ちょっと神使! 大丈夫なん!?」
「……いや、……大丈夫じゃないな。そのまま支えてくれると助かる」
千春の息が鹿目の首にかかった。
甘えてばかりもいられないが、とにかく身体が重い。
「それ、あの国宝の……七星剣か!? えらい無理したな。動けるんか?」
鹿目が右手に持った黒い刀身を見て、武くんが驚いた。
そう言えば、武くんは七星剣を見るのは二回目なのだ。十五年も前の事なのに、非常に記憶力が良いと鹿目は思う。
「動けなくとも動くさ……。だけど皆、俺を叩き起こしてくれ。なんだか猛烈に眠くなってきた。……だ、駄目だ、耐えられん。お休み……」
「いきなり寝るなや神使! 寝たらあかん!」
「わ、分かってる……。だけど、眠い……」
「えらいこっちゃ! おい雪丸! 神使が寝てまう、何とかならんか!」
武くんが慌てふためく。
三人を乗せた雪丸は、東院伽藍を飛び出して、西から流れてきた大講堂の屋根に居た。屋根の周りは地面がうねり、真っ黒な海の嵐のようだ。空からは相変わらず様々な物が降り注ぎ、天と地がひっくり返っている。
この状況は、非常に不味いと雪丸は思っていた。
いよいよ魔都化が完了する。さっさと逃げ出すべきだろう。
もしも逃げないのであれば、助かる方法は一つだけ……。
根源である法隆寺を、大急ぎで倒すしかない。
『どうにも出来ないよ。法隆寺が十五メートル先に居るんだ。隙を見せたら攻撃されると思う。そっちで何とかしてくれるかな?』
「か~~! 大ピンチやん!」
武くんは大袈裟に頭を抱えた。その右手には、鹿目が作った包丁がまだ握られていた。
法隆寺との対戦の為に、悪夢を見せられても手放さなかったのだ。だが、頼みの神使が昏倒しそうでは、使う機会が来ないかも知れない。いっそ、この得物でこついてやれば、目覚めるんじゃないかと邪な考えが浮かぶ。
鹿目は、再び垂れて来た鼻血をすすった。
限界を超えた力を行使すると、毛細血管が切れてしまって鼻血が止まらなくなる。
睡魔は猛烈に襲ってくるが、短い期間で出血を繰り返しているので、単純に血が足りないだけではと、別の心配が出てきた。
しかし、最後の敵が目の先に居るのだ。皆の期待を一身に集めたまま、我こそが、闇を滅ぼす国家の兵だと示さなければならない。
大講堂の屋根の端と端で、鹿目たちと法隆寺は睨み合っていた。
法隆寺は、蛇のような冷たい目をしている女だった。黒く長い髪をまとめていたが、結びが解けて、今は風に舞っている。それは、どことなく怠惰な感じがした。
「……クククッ。神使が倒れそうじゃが大丈夫かえ? 少し待ってやろうか?」
そう言って法隆寺は、にんまりとした。
優しい言葉をかけてくれるが、世界最古の木造建造物を依代に顕現した化け物は、歴史を塗り替える力を持っている。その力をまともに喰らってしまったら、鹿目達は、骨すら残らず塵と化すだろう。
言われっぱなしで悔しい想いをしていたら、千春が鹿目の肩から、ひょいと顔を出して猛抗議を始めた。
「気を使ってもらわんで結構や! 何を余裕ぶっとんねん? お前のせいやろうが! お前が好き勝手にしたせいで、私の人生も皆の人生も、もう、ぐちゃぐちゃやねん! ええか? そこを動くなよ! ぎっちょんぎちょんに、コネくり回して海の底に沈めたるわ! あっ! 奈良に海は無かったか! じゃあ、ため池や! でっかい鯉に食われてしまえ!」
「…………うっ」
千春の喧騒に押されて、何か言い返そうとした法隆寺が諦めたように鹿目には見えた。そんな筈はないだろうが……。
言いたいことを言ってスッキリした千春は、必死になって手を伸ばした。その先には、七星剣を掴む鹿目の拳がある。千春は手首を握った。すると急に、鹿目の姿勢が良くなった。
「ウヘヘへ……。た、大した啖呵だ千春。そのままだ、そのまま……。いい感じだ」
鹿目は残る気力を震い立たす。
千春に掴まれている右手が、不思議と軽くなった気がした。
後ろで、千春と武くんが大きな声を出して、鹿目に声援を送り始めた。
鹿目は深く息を吸った。
闇の中で戦っていると、いつも孤独だった。
神使とは、そういう職業なのだ。何も期待してはいけない。
だが、今回に至っては、少し勝手が違うようだ。
『いくよ! 皆!』
股の下で雪丸が言った。
お前も居たなと鹿目が思った瞬間、雪丸は、三人を乗せたままトップスピードで駆けだした。それは、稲妻が走るような速度であり、頭が置いて行かれそうになる。
法隆寺までの距離は、遠くはない。
一瞬ですれ違うが、雪丸の突撃を躱して、法隆寺は上空へ逃げた。
「ククククッ。もう、お前らしか居ないのに、何故、必死で抵抗するのじゃ? 魔都化はもうすぐ完了する。黙って見ておればいいものを……」
暗い空の、かなり高い位置に浮かびながら、法隆寺は鹿目たちを見下ろしている。
雪丸がそれを追った。
と言っても、空を飛ぶことは出来ないので、降り注ぐ松や建物の瓦礫を蹴って移動するが、法隆寺の高さにまで届くことが出来ず、結局、大講堂の屋根に戻った。
『少なくとも、僕には君を討つ理由があるよ。無念で死んだ豊聡耳の仇をとらせてもらう!』
雪丸が上空に向けて言った。
突如、雲と雲の間に光の筋が行き来し、すぐさま雷の群れとなって、空に浮かぶ法隆寺にぶつかった。
目を背ける激しい閃光が起こり、白い煙が立ち込めた。
勝負が一瞬で決したように思えたが、予想とは逆の結果が待っていた。
煙が晴れた後に確認すると、法隆寺は健在であり、周りを何かが飛び回っている。
鎌だと思われた。
稲を刈るような、素朴な鎌。
四本の鎌が、衛星のように、弧を描いて法隆寺の周りを飛んでいる。
「五重の塔を落雷から守っていた鎌じゃ。妾に雷は効かぬ。どうする犬よ? まだ続けるのかえ?……クククッ」
勝ち誇る法隆寺の声が、いちいち癇に障る。雪丸が唸った。
『さあ神使。やはり君しかいないようだ。七星剣の威力を、化け物に思い知らせてやって欲しい』
「よ、よし! ……こうなりゃ後先考えず、全力で行くぞ!」
鹿目と千春が北の空に向けた剣から、真っ直ぐな光の筋が伸びる。まるで、天へと駆け上がる竜のようだ。




