第四十七話 魔都が来る
はい。サヨウナラ。さよう……奈良 って……。プププ……。
とは、ならないよね!
「名を告げるは七星剣!! オブッ!」
鹿目征十郎は告げるなり、卒倒しそうになった。身体中のエネルギーが吸いとられて、干からびてしまいそうになる。国宝級のヤバいアイテムを取り出そうとしているせいだが、実行してしまうと、駆けつけない救急車を手配する羽目になりそうだった。
襲い来る疲労感に耐えていると、千春が雪丸の白い体毛を掴みながら、背中によじ登って来た。鹿目と武くんの間に割り込んでくる。そこが定位置だと主張しているようだった。
「はあ……。くだらん夢見てたわ。さっさと終わらせようや、皆」
うんざりしたように千春は言うが、声に怒りが混じっていた。
「俺も腹立ってるで。人の気持ちを踏みにじりよる。最悪の化け物やったな!」
武くんも憤っている。
酷い夢をさっきまで見ていたせいだろう。
あれ?
俺も夢を見ていたっけ……。
鹿目は思い出そうとした。
武くんや千春は、鮮明な夢に晒されていたようだが……。
俺は……間一髪で若い女性を助けたんだっけか? うん。見事に思い出せん。
「きよったぞぉ!!」
鹿目が物思いにふけっていると、武くんの絶叫にも近い声で現実に引き戻された。
雪丸に跨った三人が西の方を振り向くと、暴風が如く騒音を伴って、空から松の木が降り注いできた。空に屋根が出来たように、一瞬で大きな影に呑まれる。
各々が適当に喚いた。
「えええええ!! 何じゃこりゃ!!」
「きゃああああ! 噓やんなぁぁ!!」
「やばい! やばい! 天変地異やで!!」
雪丸が後方に跳ぶと、今までいた場所に巨大な松の木が逆さまに落ちてきた。
一本だけではない。
無数に、限りなく、天からの贈り物のように松は降り注ぐ。
恐らく、立っていられないほどの振動がしているのだろうが、雪丸が激しく動き回るので体感することは出来ない。それが有難いのか迷惑なのかは微妙な所だが、とにかく、直撃すれば即死する事象に雪丸は正確に対応していた。
――魔都化の最終楽章。
鹿目は、天を睨んだ。
黒い雲が異様な速度で動き回り、様々な物を落としてくる。
世界の頂点に君臨していた人類種が、その座から蹴落とされる瞬間。
水も空気も、光や重力さえも存在しないという、化け物達の楽園【魔都】に、世界が塗り替えられていく。
色々な段取りをすっ飛ばして、一時なりを潜めていた魔都化が、唐突に完了しようとしているようだ。
『法隆寺本体を叩くよ! そうしないと収まらない!』
雪丸は軽やかに絵殿の屋根に登った。
そこで全貌が見えて来る。
遠く西の西院伽藍の方から、土地の崩壊が始まっているようだった。巨大な黒いうねりが、建物や松を飲み込みながら津波のように迫って来ている。
「うおおお! 奈良が終わっちまうぞ!! 魔都が、すぐそこに見える!!」
大崩壊を前にして、鹿目は、なんの忖度もなく言い放った。
興奮して声が、不必要にビブラートする。
黒いうねりの向こうの方で、雪丸とは関係ない、自然の雷が無数に落ちている。
やがてそれは、地面と空を結んだまま消えなくなった。もう、滅茶苦茶だ。
「ここで踏ん張らないと、マジで終わるぞ! お前ら本気出せ! 法隆寺の野郎はどこいった!?」
鹿目は、雪丸や残る二人に叱咤激励を飛ばし始める。
わざわざ喚き散らさなくても、心得ている面々は、とっくに法隆寺の姿を目を皿のようにして探しているのだ。今の鹿目は、無理難題を振りかざす、潰れかけた企業の中間管理職のようだった。
だが、無理もない。
西からは、荒れ狂う崩壊が急速に迫る。
相変わらず空からは、通常ではあり得ない、様々なものが降り注いでいる。雪丸の背中に跨がっていなければ、ぶつかって、すぐに昇天していた事だろう。
このままでは、鹿目達がいる東院伽藍も、やがて呑まれてしまう。
雪丸は、絵殿より東の舎利殿に飛び移った。飛び移った瞬間、絵殿の屋根に松が刺さる。
もう逃げる場所がない。
雪丸が吠えた。
『居たよ! いたいた!』
「見つけたか! 何処だ!?」
『流れてくる屋根の上に居るよ!』
鹿目は目を凝らした。
地面のうねりを、滑るようにして大きな建物が流れてくる。あれは西院伽藍の奥にあった大講堂だと鹿目は思い当たった。
沢山の仏像を祀ったその屋根の上に、罰当たりな天女が舞い降りている。そこだけ微かに照らされて、陽が入り込んだように見えた。
法隆寺だ。
「確かに居るが、アイツが辿り着くまで俺達がもつかだな」
『その辺は任せてよ。こっちからお出迎えしてやろう』
と言いながら、雪丸は流れてきた松に飛び移った。そこで落ち着く事なく、次々と流れて来る漂着物の上を飛び回る。
ついには空中を飛び出して、落下中の土壁を蹴った。
一匹と三人は空を駆けていく。
やたらと暗い濃厚な雲がかかった空を、稲妻と共に駆けていく。
鹿目は興奮した声を出した。
「こいつはすげぇ! よしよし。じゃあ俺も本気を出すか。来い七星剣! 力を貸しやがれ!」
悠久の時を、平然と越えて来た七星剣なら、法隆寺の時間操作に耐えて、喉笛に届くはずだと鹿目は思った。
激しい眩暈がする。
鼻血も出放題だが、千春からティッシュでも貰おう。




