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第四十三話 燃やす

馬鹿な……。

今回、鹿目がカッコいいかも知れない……。

「調子に乗んなよ!」


 武くんは、両足首に巻き付いていた縄を器用に解くと、雄叫びを上げながら走り出した。脱獄のプロである。

 向かう先は、雁字搦(がんじがら)めにあっている千春と雪丸の元だ。特に千春の状況は逼迫(ひっぱく)している。両手両足の縄が目一杯張りつめ、一刻の猶予もなかった。

 だが、武くんの左手首には、縄がかかったままで、はじめは、だらんと余力があったが、徐々にピンと張り、進めなくなった。

 右手に持った金属バットを振るっても、千春を引っ張る縄まで届かない。

 成功するかに見えた脱出劇は、失敗してしまったようだ。


「あああ! くそ! もうちょいやのに!」


 武くんの孤軍奮闘(こぐんふんとう)は、開け放たれた夢殿から、鹿目征十郎(しかめせいじゅうろう)にも良く見えていた。

 これ以上は、何かの助けがないと進めない。

 だが、鹿目自身も、首に縄がかかって自由を制限されていた。


「ああああああ!」


 千春の苦悶が大きくなる。

 手足だけではなく、首や腹にも縄がかかった。

 もう耐えられないと、鹿目は判断した。

 目の前で、薄い笑いを浮かべる豊聡耳(トヨサトミミ)は、焦る鹿目の様子に満足げだ。


 ――いけすかない野郎だ。

 腹の底から、フツフツと怒りが湧いてくるのを鹿目は感じていた。 

 十五年という歳月は、神様であろうとも正気を保てない。変な布で目隠しをされているせいもあってか、よくぞここまでひねくれたと鹿目は思った。

 弱者を(しいた)げて愉悦に(ひた)る野郎は、神使(しんし)として、盛大にお仕置きしてやらないといけない。


「ハァハァ……早く決断せぬと仲間が死ぬぞ。ハァハァ、剣を抜け神使(しんし)。ワシを自由にしろ」


 相変わらず豊聡耳の声は、しわがれている。

 息遣いも荒く、聞き取りづらい。


「…………」


「どうした神使? 早くしろ……。ハァハァ……おい、鼻血が出ているぞ。間抜けめ、どこぞで、打ったのか?」


「……うるせえぞ……黙ってろ」


「ハハハッ……ハァハァ。まあよい。女には死んでもらうか。人質は、まだおるしな。その方が、お前も決断しやすくなるだろう……ハァハァ」


 豊聡耳がそう言い終わる前に、鹿目は垂れた縄に向かって、短刀を振り下ろした。しかし、再び首にかかった縄が、急速に天井に向かって張りだし未遂に終わる。

 鹿目は両の手で縄が絞まるのに抵抗した。握っていた短刀は、その過程で敢えなく床に落ちた。

 つま先立ちで立ち、首に体重がかかるのを、なんとか防ぐ。

 演技の下手なバレリーナが、観客の嘲笑(ちょうしょう)(さら)される格好になった。


「ハハハッ……。無様だな神使。そこで見ておれよ。仲間が千切れて死んでいく様を……ハァハァ」


 鹿目は吊られるのに耐えながら、豊聡耳を睨んだ。充血する目は怒りで燃えている。圧迫される喉から声を絞り出して、豊聡耳をなじった。


「……ばか野郎がぁぁ!!」


 鹿目を吊っていた縄が、前触れもなく切れた。

 鹿目は屈んで、着地する。

 両手は床に着いたまま、顔だけを起こすと、夢殿の狭い空間に、無数の刃物が突然浮かび上がった。

 様々な種類のナイフ、そして包丁の(たぐい)が、宙を埋め尽くしている。

 標的を探すかのように蠢く刃物は、微妙に位置を修正しながら、刃先を豊聡耳に向けた。


「油断したな! 豊聡耳!」


 鹿目は叫ぶ。

 鼻からツ――と、血がまた落ちた。

 動力を限界まで溜めていた刃物が、爆発するかのように進軍を始めた。

 対抗して、天井から黒い縄が無数に落ちて来るが、しかし間に合わない。

 局地的豪雨のように降り注ぐ刃物は容赦がなく、多くが豊聡耳の身体に刺さった。

 そして燃え上がる。


「ウギャアアアア!!」


 断末魔が響く。

 豊聡耳は、板に(はりつけ)にされているので、逃げ出す事が出来ない。

 鹿目の皮手袋に、めまぐるしい数の奇妙な文字が浮かんだ。火の力の最大出力だ。

 だが、この程度の炎では、いずれ消えて無くなると鹿目は思った。

 神たる神格は、ちょっとやそっとでは殺せない。そもそも、人類種の枠外にいらっしゃる存在なのだから、通常の方法が通じる筈がない。

 

 従って、事前準備が効いてくる。

 腹に刺さった神殺し。

 恐らく、そいつで斬りつけて(とど)めを刺せと、天音大佐が段取りしたのだ。


 鹿目は這うように進んで、豊聡耳の腹から生えた天十握剣(あめのとつかのつるぎ)の柄を握る。業火に包まれた両腕を豊聡耳は伸ばしてくるが、左手で雑に払いながら、なんとか耐える。


 鹿目は、夢殿の外を一瞬見た。

 燃え盛る炎を纏った豊聡耳越しに、地面に縫われるようにしている雪丸と目が合う。

 獅子の姿に似た白い霊獣は、何かに納得するかのようにコクンと頷いた。


「うおおおお!」


 鹿目は、長い柄を両手で握ると、床が抜けんばかりの勢いで右足を踏みしめた。

 豊聡耳の右肩を抜けるように、腹に刺さった剣を、そのまま振り上げると、伴って炎が竜のように昇った。

 柄まで入れると、三メートルはありそうな長大な剣だが、非常に軽く、易々(やすやす)と跳ね上がる。

 肩を抜けた剣を上段に構え直して、今度は逆の肩に叩き付けた。その一連の動作で、剣先をかすめた天井や壁が一部吹き飛んだ。このまま暴れ続ければ、内部から夢殿は崩壊し、瓦礫の山と化すだろう。


 鹿目が振るった一撃は、豊聡耳の左肩を破って、心臓にまで達した。

 豊聡耳は、口から血を大量に吐くが、炎に焼かれて蒸発する。

 

「お……おのれ、神使。小間使いの分際で神を殺すか……。ハァハァ……。お前の仲間も道連れにしてくれる……」


 もはや、人型(ひとがた)の炎と化してしまった豊聡耳は、この世の全てを憎むように、共に旅立つ生け贄を集めにかかる。すぐさま、千春と雪丸の自由を奪っている縄が、脈打ち暴れだした。


「武くん! 足元だ!」


 そうはさせじと、鹿目は叫んだ。

 左手首の縄と、上手にお別れ出来ない武くんは、言われた通り足元を見た。

 何も無かった地面の砂利に、幅広の包丁が刺さっていた。

 いつ仕込まれたのか、出生不明の包丁だが、この懐かしい形状は、一度使った事がある。それは、遠い昔の龍田神社での出来事だ。これで斬られると発火するのだ。


 反射的に包丁を拾い上げた武くんは、自身を拘束する縄に目掛けて、力一杯に振り下ろす。

 直径三センチはあろう縄を、完全に切断する事は出来なかったが、つけた傷から炎が吹き出て縄を焼き切った。

 すぐさま反転した武くんは、千春と雪丸を捕らえている縄に、次々と斬りつける。同じように炎が吹き出て縄を焼いた。

 

 拘束を解かれた千春が、脱力して雪丸の背中に突っ伏す。

 一瞬だが顔が見えた。目をつぶって、安堵に包まれた様子だった。

 雪丸が千春を気遣いながら、ゆっくりと身体を起こしてくる。

 武くんが、びっくりするほど懸命かつ迅速に働いたおかげで、ようやく自由が舞い降りて来た。巨大な霊獣が、反撃の狼煙(のろし)をあげる。


「オオオ――ンッ!」


 空が光る。

 雷鳴が轟く。

 夢殿の屋根に据えられた宝珠に、雷の直撃があった。

 鹿目の視界が、急に真っ白になった。

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