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第三十六話 それでも戦う

少し加筆修正しました。

「だ、駄目だ。痛くない気がする」


「そ、そうなん? もっと強くしよか?」


「頼む。そうしてくれ」


 薄暗い音楽室。

 中腰の鹿目征十郎(しかめせいじゅうろう)に、千春が覆い被さるようにしている。(はた)から見れば、カップルが人目も(はばか)らずイチャイチャしているように見えなくもない。

 そうだとすると、とっても不謹慎だ。


「んんん……!」


「ぎ、ぎぎぎ……」


「ち、千春ちゃん。ちょっとやり過ぎちゃうか? 神使(しんし)のほっぺた取れそうやで」


 様子を見守る武くんは不安げだ。

 実は、二人の間に何度も割り込もうとしているが、鬼のような形相の千春に負けて、機会を逃がしてしまっている。


 武くんは溜め息をついた。

 小さな時から、千春はいつもこうだ。

 肉親の居なくなった千春の面倒は、武くんや周りの大人が見ていたが、言い出したら聞かないし、夢中になると、周りが見えない。

 大人顔負けに、約束事はきちんとこなす優等生だったが、生まれながらの性格が頑固なのだ。まるで人の言う事を聞かない。


「まだまだ、大丈夫や!」


「限度があるんちゃうの? あかん! 鹿目さんの顔が変わってきてるやろ!」


 もう我慢出来ないとばかりに、武くんが千春を制止する。

 身体を入れて二人を引き剥がすと、鹿目の頬から、万力のようだった千春の手が、ようやく離された。


「武くん! 邪魔せんといて!」


「ちょっ! 何で千春ちゃんが本気になってるんや! 落ち着いてくれや!」


「……う~ん……。ほ、ほっぺためちゃ痛い……」


 まるでコントだ。

 誰も笑わない、つまらないコント。

 鹿目が書いた脚本に、千春と武くんは無理矢理付き合わされていた。


 今起きている事が、全て夢だと知らされた鹿目は、目覚めるために、あらゆる手段を講じようとしているのだ。

 まずは痛み。

 痛みを感じると人間は、どれだけ深い眠りに落ちていようと目覚めるはずだと考えた。

 だが、思惑はたやすく外れてしまう。


()めないぞ~! 痛いだけだ」


 そう言って鹿目は、床にひっくり返る。

 汚れた音楽室の天井が見えた。


「そりゃそうやろ! 天音さんも、なんちゅう伝言残すんや! ここが夢な訳ないやろ!」


 武くんが大声で文句を言った。鹿目は上半身を起こして太ももを叩く。


「くそぉ~。やはり法隆寺に突っ込むしかないのかぁ」


「法隆寺に行っても、何も解決しない気がするのは私だけ?」


 千春は肩で息をしながら、鹿目を見下ろしている。全力で鹿目を拷問していたせいで、うっすらと汗をかいていた。

 鹿目は千春の疑問には答えずに、赤くなった頬のまま、胡坐(あぐら)を組んで、パラパラと天音大佐がくれた手帳を開ける。


「これこれ、ここだな。夢殿(ゆめどの)に行って、闇を祓えと書いてある。結局、これをしないと覚めないんだよ。この夢は」


 鹿目が言う夢殿とは、法隆寺の東院伽藍(とういんがらん)にある八角の形をした建物だ。太子信仰の中心となっていた場所である。豊聡耳と関係が深い。

 確信を得たりと、鹿目は満足顔であるが、対照的に千春は不満顔になった。


「神使。あんたは夢や、夢や言うけどな。十五年間戦い続けた私らがいんねんで? 全部が夢なんて、失礼やで。私らを幻みたいに言わんといてもらえる?」


「確かにな……。となると、夢じゃない。夢じゃなくなってしまうとだな……。俺がタイムスリップしたのが本当になってしまうのだが……。その辺は、それでいいのか?」


「う~ん……。それはそれで、嘘臭いよね?」


「だろ? きっと皆で、よく出来た夢を見てるんだよ。ウヘヘ。それが一番、丸く収まる」


「ちょっと貸してくれるか?」


 ゲスな笑いを浮かべる鹿目から、武くんが強引に手帳を奪う。

 手帳を照明にかざしたり、逆さにして眺めてみたり、目を皿のようにして、天音大佐が残した筆跡を指でなぞり始めた。


「これさぁ、よく読まなあかんわ。僅かに、別の可能性が残るって書いてあるやん。天音さんは、夢かも知れんって、確かめに行って、それで、戻らんかったら鹿目さんには別の可能性を潰せって指示があるやん」


「ということは?」


 鹿目は何も考えない。


「夢じゃないって事やろ。鹿目さんは、別の可能性を潰しに夢殿に行かなあかん」


「別の可能性って?」


 鹿目は絶対に考えない。


「そんなん知らんわ。神使なんやろ? こういうの専門ちゃうの?」


 武くんは、立ち上がった鹿目に手帳を返した。鹿目は受け取った手帳を見ている。


「確かになぁ~。じゃあ夢じゃなさそうだな。夢殿かぁ。行くしかないな」


 鹿目は、あっさりと、そう結論付ける。

 どこか無責任でやけっぱちな感じがするのは、心の底ではどこにも行きたくはないからだ。天音大佐が失敗するほど難易度の高いミッションだ。びびってしまっている。

 だが、それでも進まないといけないのは、もう奈良県がジリ貧だからだ。

 鹿目を入れて、二十八人しか生存者がいない。周囲は魔都化が完了してしまい逃げる事が出来ない。


 終わりかけなのだ。

 現実か夢かなど関係なく、何もしなければ、(イカル)につつかれて終わってしまう。

 ここに居る面々は、それがよく分かっていた。


「豊聡耳は、よく見かけるのか?」


 鹿目が尋ねると、武くんが答えた。


「最近はまったくやな。イカルが飛んでるのしか見いひんわ」


「う~ん……。夢殿に(こも)りっきりか。何をしているんだろうな」


「さあ? 警戒が強くて、偵察すらままならんからな。さっきも見たやろ? 法隆寺に近付き過ぎると、イカルが出てきよる」


「なるほどな……。ところで、武くん達は、これから、どうするつもりだったんだ? 俺の登場を信じていた訳じゃないんだろ?」


「それは全員で相談中の案件やな。もう俺らの戦力は、ほとんど残ってないから、豊聡耳を討つのは諦めて、奈良の下の方に、逃げようかとか言ってる途中やな」


「私は残るで!」


 唐突に、千春が鹿目と武くんの会話を遮った。首からぶら提げた瓶を、強く強く握りしめている。


「お姉ちゃんの仇をとるまでは、絶対に諦めへんから! 神使も協力してくれるよね?」


 今度は千春の頬が、赤く赤く紅潮していた。

 千春は三姉妹の末っ子だった。

 なのに今は一人きり。

 超常現象の巻き添えに、最も被害を被っている人間の一人だろう。その強い想いは本人しか分からない。

 駄目だと言っても、きかないだろう。


 鹿目はふと、千春の姉である菜月の事を思い出した。

 鹿目の記憶の中では、数時間前に別れたきりの女性だ。

 大蛇の大群に囲まれる中で、鹿目に逃げろと言ってくれた。

 明朗快活で生きる力に溢れた女性。

 死からは程遠いイメージがする人だ。

 その菜月は、もういない。

 店も燃えてしまった。

 

 今の千春を見たら、菜月は何を思うのか?


 敵討(かたきう)ちをしろとは言わない気がした。だが、その思いは口に出さず、鹿目は別の事を言う。


「そうだな。協力するよ。だけど全員は巻き込めない。逃げたい人は逃がしてやろう」


 千春の表情が明るくなった。そのまま、武くんにも同意を求める。


「武くんも、それでいい?」


「……そうやな、そうしよう。俺も残るわ」


 少し考えたが、武くんはそう答えた。


「よし。最後の決戦やね」


「ああ……。明日か、明後日の内に、逃げる人は車で南下してもらうわ。よし、さっそく準備するわ」


 武くんがそう言って音楽室の出口に向かうと、外の廊下から激しく走る足音が近付いて来た。急に騒々しくなり、音楽室の三人は嫌でも心が乱される。


「何かあったな」


 鹿目の横で、千春が呟いた。表情は厳しい。

 すぐに音楽室の扉が、外から勢いよく開かれる。左腕をギプスで固めた男が、荒い息をしながら立っていた。


「リーダー! 正門や! 正門に化け物が出たで!」


「化け物? イカルちゃうんか?」


 武くんは、男の肩に手を置いてから鹿目の方を振り向いた。鹿目はすぐに察する。


「よし、任せろ。俺が行く」


 鹿目は力強くそう言うと、千春を伴って音楽室を出た。長い廊下を、階下に降りる階段目指して駆け抜ける。武くんが後ろを走りながら鹿目に声をかけた。


「化け物は、豊聡耳が滅ぼした筈なんや! 何で出てきたんや!」


「また、魔都化が起こるのかも知れないな! どうなってるんだ!」


 答えながら鹿目は、鉄格子が嵌められた窓の外を見た。晴天だった奈良の空は真っ黒に変わっていた。今にも雨が降りそうな、重々しい空模様だ。 

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