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第三十四話 望まぬ未来

さて、ここは何処なんだい?

 靴の(かかと)が乾いた音を立てていた。

 固くて長い廊下を、鹿目征十郎(しかめせいじゅうろう)は、何処かへと連れられていく。前を歩くのは、知らぬ間に大人と中年の仲間入りを果たしていた、千春と武くんだった。 

 

 余談だが、靴箱で靴を脱ごうとしたら止められた。外は荒れた田んぼが何処までも続く、しょうもない奈良の風景なのに、屋内だけは欧米スタイルを採用していた。靴を履いたままだと気持ち悪いが、素直に従った。色々とよく分からんので抵抗している場合じゃない。


「お、お~い。どこに行くんだ?」


「体育館や」


 鹿目が尋ねると、前を歩く千春が振り向く事もしないで言った。

 なんだか急に冷たい。

 怒っているような気もする。


 ここは、中学校だ。

 燃えてしまった菜月の店から、田んぼの向こうに見えていた場所に鹿目は来ている。


 この中学校は様子がおかしい。

 窓の外に見えている塀は、有刺鉄線が至るところに張り巡らされていた。窓自体にも鉄の格子が取り付けられ、内外の出入りを(はば)んでいる。通り抜けるのは風のみといった具合だ。

 鉄筋四階建ての建物は、まるで要塞のようだった。

 隣接する運動場には、重機を含めた様々な車が停車していた。それが随分と仰々(ぎょうぎょう)しい。


「体育館で何をするんだ?」


 さっきから質問ばかりだと鹿目は思うが、仕方がないと割り切っている。

 なにせ、軽トラの荷台で千春と揺られている時に、鹿目が西院伽藍(さいいんがらん)の穴に落ちてから、十五年の月日が流れている事が判明した。

 とても信じられない。

 嘘か誠か、唐突にタイムスリップしてしまったのだ。


 ――穴の底は未来でした。

 嘘くせぇ……。 


 鹿目はフンと鼻を鳴らす。

 武くんは、やたらと興奮していたが、当の本人は、それ処ではない。

 ただ、目の前を歩く千春は、もう立派な女性だった。膨らむところが膨らみ、締まる所は締まっている。美しく魅力的な女性に育った。

 さっさと現実を受け止めるしかないようだ。

 さっさと受け止めて、今後の身の振り方を考えなくてはいけない。


 千春が立ち止まって、くるりと振り返った。


「その前に神使(しんし)。……あんた、さっきから私のお尻ばっかり見てるやろ。どこ見てるんや、変態」


「はあ? 何言ってやがる。ガキの尻なんて見てねえよ!」


 鹿目が必死に否定すると、武くんが千春側に立って加勢した。


「俺も気になっとってん。大丈夫か千春ちゃん。上から下まで、舐めるように見られとったけど……。やっぱり嫌やったんやな。皆でしばくか?」


「いやいや、ちょっと待て! 見てたのは認めるが、それは、やらしい意味じゃねぇ! 時間の経過を確認しとったんだ!」


 鹿目が言い切ると、千春は溜め息をついた。


「やっぱり見てたんか神使! なんや視線を感じとったんや! (けが)されてもうたわ私! 責任とってよね!」


「馬鹿な事言ってんじゃねぇ! ませガキが!」


 そう言えば、五歳の時の千春もオマセさんだったと鹿目は思い出した。

 暫くの間、不毛な争いは続く。

 見てた。見てない。見てたけど、見てない。

 結局、勝者が現れないまま、戦いは幕を閉じた。


「はぁはぁ……。(みんな)に紹介するわ」


 疲れてしまった千春が言う。そういえば、体育館で何をするのかと鹿目は尋ねていたのだった。えらく話が脱線してしまった。


「皆って、何人ぐらいいるんだ?」


「だいぶ減ったから。今は二十七人や」


「え? それで奈良県民全員なのか?」


 鹿目が驚くと、千春の代わりに、すっかりオッサン化してしまった武くんが振り向いた。十五年が知らぬ間に過ぎていたとしたら、十近く鹿目より歳上の計算になる。


「おそらくそうや。皆、死んでもうた。お前を入れて二十八人やな」


 鹿目は、結婚式の時に見た佳世ちゃんの事を思い出した。もし体育館で会うことが出来なかったら、佳世ちゃんもきっと殺されてしまったのだ。


 話を整理してみる。

 十五年前。

 怪鳥の大群が空を埋め尽くし、僅かに注いでいた太陽を隠した。

 それは、豊聡耳(トヨサトミミ)が力を取り戻した合図であったらしい。

 魔王の誕生だ。

 怪鳥は、まず、化け物どもを襲い三日で喰い尽くした。

 その後で、魔都化の影響を受けていた奈良の住人達を排除し始めた。

 身体が変色していた者達は、遠くまで逃げることも出来ず、鳥に喰われるといった凄惨な最期を迎えたらしい。

 そこで魔都化の進行は止まる。


 全てが終わった七日目に、豊聡耳が大和国(ヤマトノクニ)の建国を宣言する。生き残った人達に、ここで暮らせと命令した。

 大勢が県外に逃げ出したが、親族親類を殺されて復讐に立ち上がる者もいた。

 それが、今の千春や武くんだ。

 ここは、復讐の砦らしい。

 菜月は、もう十五年も前に死んでいるのだ。


「怪鳥というのは、さっき襲われてた鳥だな?」


 また鹿目は質問する。


「豊聡耳が飼ってる鳥や。イカルいうてな。あいつの手足や、一杯おる。……覚えてるか? 俺ら龍田神社で豊聡耳に助けられた事があったやろ。あん時と同じつもりでおったら、確実に死ぬで」


 武くんは、そう答えて歩き出した。あまり話したくはない話題のようだ。

 その後姿を追いかけながら鹿目は考える。

 本当に、あの豊聡耳が、奈良の人々に害をなしたのか?

 犬と戯れて無邪気に笑っていた。とっても気さくな神様だった。

 法隆寺の中門を潜れないはずなのに、完全復活に必要な骨を、どうやって手に入れたのだ?

 分からない事だらけだと鹿目は思った。

 まずは、現状の把握だ。それが重要事項だ。ただ、がむしゃらに突っ走ってしまいそうな衝動を我慢して(にご)す。


 体育館に着くと、そこはさながら秘密基地のようであった。光があまり射しこまない空間に、鹿目は思わず目を細める。至る所にテントが張られていて、人の気配がした。パーテーションでスペースが仕切られていて、何かの機械、そして原始的な武器や、身を守る装備が置かれている。

 体育館は広いが、物がごった返していた。

 

 その中を、我が物顔で千春と武くんは進んでいく。緞帳(どんちょう)が降ろされたステージ前まで進むと、立ち止まって後ろを振り向いた。


「皆に連絡。知り合いの神使を連れて来たで、天音さんが言うてた鹿目っちゅう神使や」


 どことなく誇らしげに、千春は鹿目の後ろに向かって声を張り上げる。

 鹿目が振り向くと、パーテーションで区切られた部屋やテントの中から、いつの間にか人が出てきて集まっていた。女子供、老人が半数を占めており、残った男の中には、腕をギプスで固定している者もいた。


「天音大佐が居るのか?」


 鹿目は、天音というパワーワードを聞いて思わず反応する。

 千春は、溜め息をついた。


「まずは自己紹介したら? 皆まってるで」


「え、ああ……。そうだよな」


 腰に手をやって呆れ返る千春が、一瞬菜月と重なる。

 咳払いをしてから、改めて集まった人達を見ると、見た目は薄汚れてボロボロだが、鹿目を見る瞳には強い意志が見て取れた。何かに期待をしている、もしくは希望を抱いている、そのような者達が等しく持つ眼差し。

 ここに集まった人達は、鹿目に期待しているのだ。恐らく現状を打破する力になると、思われているに違いない。

 ガラになく鹿目は緊張してしまった。


「……鹿目征十郎だ。千春に聞いた話が本当なら、どうやら十五年も前から、タイムスリップしてきたらしい。ふっ、正直よく分からない事だらけだ。皆には、質問ばっかりするかと思うけど、よろしく頼むよ。……うへへ」


 鹿目がそう言うと、集まっていた人達がどよめいた。どうやら期待と違った受け答えをしてしまったらしい。素早く千春が近付いて来て、鹿目の耳元で告げた。


「ちょっと神使。私でさえタイムスリップとか信じてへんのに、いらん事言わんといてくれる? サラッと挨拶したらいいやんか」


「いやいや、信じてなかったのかよ。だったら、最初に言っといてくれよ。何でもかんでもぶっつけ本番過ぎなんだよ」


「それぐらい分かるやん普通。ただの挨拶にどんだけ詰め込む気なん?」


「詰め込んでねえよ。必要最低限。滅茶苦茶上手にまとめただろうが。何が不満なんだ?」


 鹿目と千春が小声で言い争っていると、武くんがやって来て二人を引き剝がした。

 すっかり中年の武くんが集まった人達に言う。


「まあ皆、鹿目さんは疲れてるみたいや。今日はもう休んでもらうから、明日からよろしくな!」

 

 始まりかけた集会は、すぐに解散となった。

 鹿目は複雑な気持ちで、オッサンになった武くんを見た。

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