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第二十九話 暗闇の中で

 菜月の店から法隆寺(ほうりゅうじ)までは、直線距離で約二キロ。

 女子高生の姿に擬人化した南大門(なんだいもん)は、強大過ぎる力を使って、法隆寺(ほうりゅうじ)まで続く松並木(まつなみき)を作った。

 まるで神の御業(みわざ)だ。

 瞬きする間に地形を変えることなど、格の高い神使(しんし)でも出来ない。

 唯一、それに近い事が出来るとしたら、天音(あまね)大佐を除いては、他にいないであろう。だが、大佐の場合は、作るのではなく破壊活動の結果で地形が変わってしまうのだが……。


 鹿目征十郎(しかめせいじゅうろう)がトボトボと歩いている道は、大型トラックが余裕で通れそうなぐらいの広さがあった。両脇に松が鬱蒼(うっそう)(しげ)って、空を覆い隠すので陽が射さない。

 松は、幹と幹が絡み合うように伸びており、それが何重にも折り重なっているので、通り抜けるのは不可能だ。前か後ろにしか進めない。

 後ろを振り返ると暗闇だった。菜月の店はもう見えない。

 

 鹿目は、先月の七月三日に二十四歳になった。

 神使(しんし)になってから、実に四年の月日が経過していた。

 はじめに神使になった時、鹿目の序列は四十二番だった。それが今は九番。前にいた三十名ばかりは、何処に行ってしまったのか?

 簡単に言うと、それぞれが災難に巻き込まれて戦列を離れていた。災難の種類は、死亡や怪我での再起不能。死体が見つかれば良いが、そうでなければ、永遠と行方不明扱いにされた。

 現代の日本で、このような待遇を受ける職場が他にあるだろうか?

 きっと無い。

 無いと信じたい。


「好きでやってんじゃねえよ。ウヘヘ……」


 鹿目は辿り着きたくなかった。

 何処にも行けないので、仕方なく暗い道を歩いているだけだ。

 序列が九番の鹿目に出来るのは、刃物を幾つか取り出して、火をつける事ぐらいだ。それ以外は何も出来ない。

 延々と続く道を作るような化け物に、抗う術など恐らく待ち合わせていない。

 負けが濃厚の試合をする羽目になるのだろう。

 何か妙案は浮かばないかと考えているが、非常に難航していた。


「家に帰りてぇなぁ……ウヘヘ……」


 盆暮正月のみ、帰省することを許されている。それ以外は、電話することも禁止されている。

 父親は死んでしまったが、五十を過ぎた母親が、まだ家にいた。奈良に派遣される事になったので、今年の盆は母親に会えていない。


 鹿目はズボンのポケットをまさぐった。

 検索と業務連絡にだけ使用しているスマートフォンが出てくる。

 ふと、ルールを破って、母親に電話をしようかと思った。

 無事に生きて帰れる保証など何処にもない。

 最後の最後に、声を聞くぐらいなら許してもらえるだろう。


 すると、手の中でスマホが震える。

 液晶画面には、『注意! 天音(あまね)大佐』と表示されていた。

 少し早い三時の定時連絡だろう。

 相変わらず抜群のタイミングだ。

 鹿目はダルそうに息を吐くと、通話表示のマークを触った。

 もちろん、歩くのを止めて道の端に立っている。

 誰も居ないのに何故だろうか?

 それは生き様だ。

 鹿目は軽薄だが、槍が降ろうとも、歩きスマホだけはしない男なのである。


「これは大佐。ご機嫌いかがでしょうか? エントリーナンバー九番の鹿目で御座います」


「…………」


「おんや? 天音大佐は、ご機嫌斜めなのですね。何も返事がないぞ」


 電話をかけてきておいて、何も喋らないとは。

 随分と舐められたものだと鹿目は思うが、これぐらいの仕打ちは、いつもの事である。いちいち気にしていられない。


「では、勝手に喋らせてもらいますね。豊聡耳(とよさとみみ)の行方は未だ不明です。法隆寺の中門を守っていた阿形吽形(あぎょううんぎょう)が、わざわざ襲って来たので、これは倒しておきました。それから色々あって、何処にも行けなくなったので、今は法隆寺に向かっていますよ。必然的に豊聡耳の捜索は後回しになりそうですね。はい、そういう感じで、よろしくお願いします」


「…………んん。ああ、すまんすまん。少しお前の資料を確認していた。今から法隆寺か、気を付けていけよ」


 やっと返事があった天音大佐の声が、何故かいつもより優しく感じた。

 前も後ろも先が見えない暗闇の中で、孤独に立っているから、そう感じるだけかも知れないが……。


「わかりました。では、また明日の定時連絡で……」


 鹿目は通話を終えようとする。すると天音大佐が、待て、と言った。


「いや、鹿目。急遽(きゅうきょ)、私も奈良入りする事になった。貴様は確か……斑鳩(いかるが)だな。合流場所はどこがいい?」


「え? 大佐が来られるんですか? いつです? いつ頃になりますか?」


 希望の光が見えてきたと鹿目は思った。

 大佐が来てくれれば、戦力的には申し分ない。南大門が引き連れていた大蛇の大群も、天音大佐なら、きっと対応出来る。


「明日の午前中だ」


 すぐに目の前が暗くなった。

 まさに今、鹿目は地獄に続く一本道を歩かされている所なのだ。前か後ろにしか進めない中で、明日の午前中まで時間を稼ぐのは難しい。

 一度、戻ろうかと後ろを振り返ると、今来た道が無くなっていた。

 

「ウヘヘ……」


 鹿目の口から、乾いた笑いが思わず漏れる。


 いつの間にか、松の幹が絡み合って、後ろが壁のようになっていた。南大門の仕業だろう。鹿目が逃げ出さないように、道を塞いだのだ。いよいよ鹿目は、前にしか進めなくなってしまった。


「……申し訳ありません大佐。明日の午前中までは待てません。化け物の一人、南大門の罠にかけられてしまって、もうすぐ法隆寺に着きそうです」


「そうなのか? よし、わかった。なるべく早く、そっちへ向かう。それまで耐えろよ」


「わかりました」


 と鹿目は返事をしたが、本部のある東京都千代田区神保町から、奈良までは何百キロも離れている。南大門や法隆寺との戦闘は、一先ず鹿目が一人で請け負うしかなさそうだった。


 話しながら前に向き直ると、遥か先の闇の中から白い点が飛び出して、此方(こちら)に向かって来るのが見えた。


「大佐、すみません。何かが向かってきます」


「化け物か?」


「い、いえ、あれは……犬です。白い……犬」


 物凄いスピードで近づく物体は何かと目を凝らすと、それは白い犬だった。

 菜月の買い出しをしている途中で出会って、松並木の手前で別れた雑種の犬だ。

 元気にやっていたようだ。松並木は動き回って、絶えず変化していたから、びっくりしていた事だろう。

 犬は鹿目の足元まで辿り着くと、頭を太ももに擦り付けた。甘えたような細い声を出す。


「白い犬だと? ああ、今声が、こっちにも聞こえた」


 天音大佐は少し驚いているようだ。そして、冷静さを欠いてしまったのか、とんでもない事を言い出す。


「鹿目中尉。その犬と一緒に向かえ」


「はい?」


「犬を連れて行けと言っている。私が到着するまで、お前とその犬のコンビで耐えるんだ。分かったな?」


「あのぅ……。本音を言いますと、よく分かっていませんが……」


「分からなくてもいい。いいから連れて行け。それとも、私の命令がきけないのか?」


 鹿目は、また、このパターンだと思った。無理難題を押し付けられて抗議しても、まるで取り合ってもらえない。

 どっと疲れが押し寄せて来た気がして、鹿目は目線を落とした。

 相変わらず白い犬は、嬉しそうに鹿目にすり寄っている。


 もし無事に、今回の任務をやり遂げる事が出来たなら、返上していた休暇を返してもらおうと思った。この、なついてくれるワンちゃんを実家に連れて帰って、散歩してやってもいい。首輪をしていないから野良なのだろう。何も考えずにぼんやりと過ごす、そんな休日が欲しくなった。


「……分かりました。おっしゃる通り二人で仲良く法隆寺まで向かいますよ。それと全部片付いたら、休暇をもらって実家に帰りますからね! 誰が何と言おうと、そうさせてもらいます!」


 奈良以外にも五県、魔都化の兆候があると聞いたが、そこには他の神使が派遣されているはずだ。そこへ応援などという事になれば、いよいよ不眠不休で働かされる。極限の任務を連チャンでもしたら、身も心も壊してしまうだろう。


「実家に帰るだと? 本気で言っているのか?」


 天音大佐の声が冷たい。だが、ここで挫けては休暇は貰えない。

 今から必死で化け物どもと戦うのだから、それぐらいの餌はあってもいいだろうと鹿目は思った。


「鹿目中尉。お前の実家は何処(どこ)だ?」


「え? 何処って、あそこですよ大佐」


「だから、何処だ?」


「ええっと……、あれ? 何処だっけ? 思い出せないなぁ……ウヘヘ」


 おや? と鹿目は記憶を(さかのぼ)る。

 父親が早くに死んでしまって、母親と二人で暮らした家は何処にあったのか?

 そういえば、母親の顔も(もや)がかかったように、はっきりと思い出せない。おかしい……一体どういう事なんだ。


 困惑する頭に、天音大佐の声が届いた。


「お前の資料に書いてある。お前の実家は千葉県という所にあった。だが、魔都化が完了してしまって、今はもう無い。今年の六月の話だよ」


「え、そ、そんな……。でも覚えています。少しだけど覚えているんです!」


 鹿目は狼狽(うろた)える。天音大佐の言うことでも、今度ばかりは素直にきけない。


「お前は今、魔都化が進む奈良にいる。半分あちら側にいるという事だ」


 人々から忘れられた土地には、魑魅魍魎(ちみもうりょう)(たぐい)が住み着き魔都と化す。

 その土地に関する全ての事は、記憶というざるから砂のように抜け落ちていく。


 ――ここ奈良も、いずれそうなる運命だ。




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