小休憩 菜月の恋
完結したのに、さらっと追加さ!
菜月は高校を卒業すると、父親のラーメン店を手伝った。父と一緒に店を切り盛りしていた母親が、突然、病で亡くなったからだ。
小さかった千春は、母親の事をあまり覚えていない。
菜月は、店の手伝いをしながら千春の面倒もみる事になった。
ある休みの日、釣竿を持って出掛けた父親が戻らなかった。海釣りが好きだった父親は、わざわざ他県まで朝早く赴き、帰宅してからは、釣果である美味い魚を喰わしてくれたが、その日は、日が暮れて深夜になっても帰らなかった。
それが、ずっと続いている。
防波堤に父親のクーラーボックスが残されていたと警察の人は言っていた。
菜月は、狭いカウンターの中から、店の外に通ずる引戸を見詰める。
いつもの癖だ。
ふらっと、父親が帰って来て、戸を開けるのではないかと時々思う。
忙しい日々の中で、父親の存在だけが抜け落ちていたが、菜月の奮闘により、店は潰れる事はなかった。
そうやって菜月は待っている。
帰らない父親を、ずっと待っている。
「神使遅くない? 迷ってるんかな?」
カウンターの椅子に座って、両足をぶらぶらとさせながら、千春が言った。
菜月は、次にあの引戸を開けるのは、買い出しに出掛けた鹿目という神使だろうと思い直した。
「そうやね。ちょっと頼み過ぎたかな」
「いっぱい頼んだん?」
「全部無かったからね。結構お願いしてもうたなぁ……」
神使は大丈夫だろうか。
菜月は腕を組む。
道は、西へ東へ単純なので、迷うことはないはずだ。問題があるとしたら、食材の種類と量だろう。素人に業務用の仕入れは難しいかも知れない。
「行かんでいいって、言ったのになぁ。ちゃんと謝らなあかんなぁ」
「お姉ちゃん。何か悪い事したん?」
「う~ん……。そうやね。ちょっと切羽詰まってたからなぁ。やってもうたなぁ」
「神使が、千春のお兄ちゃんに、なるかもって言ってたで」
「え? 何? どういうこと?」
千春が唐突に言ったので、菜月は面を喰らった。
「千春のお兄ちゃんになるから、仲良くしてくれやって。どういう意味やろな?」
「そ、それは、私と……」
結婚するつもり!?
菜月は、武くんと佳世ちゃんの結婚式を思い出す。幸せそうな二人を眺めて、羨ましいと思ってはいたが――。
「もう私の順番が来たんか! 早すぎへんか! な、なんや、この胸の高鳴りは!」
菜月は取り乱す。
父や母が居たら、何と言うだろうか。
とにかく、求婚されるにしても、誤解されたままでは駄目だ。神使は、己の犯した罪の責任をとるつもりだろう。一度、洗いざらい説明して、落ち着いてもらう必要がある。
「お姉ちゃん。顔赤いけど、大丈夫なん?」
「だ、大丈夫や!」
菜月は、鹿目の顔を思い出す。そこまで男前ではないが、好みの顔立ちだ。
そこそこ頼りがいもある。
だけどもだ。
「ちょっと急すぎへんか~。やっぱり~!」
菜月は、もう一度引戸の方を眺めてから嘆いた。




