第二十五話 嘘
――武くんが豊聡耳に救われた時も、このような感じだったのだろうか。
鹿目征十郎は、事のなり行きを、どこか他人事のように見ていた。なぜなら、菜月を抱えた鹿目が千春の窮地に間に合わなくても、魑魅魍魎の類いは、この世の理をねじ曲げて颯爽と登場する。
吉田寺が千春を助けるのは、これで二度目だ。
吽形が振り下ろした拳は、千春を抱きしめ庇う吉田寺の背中を殴った。空気中に青い火花が刹那に走る。
吽形は突然出てきた吉田寺に驚いた。
「なんだお前! なんだお前!」
言いながら吽形は、もう一度、吉田寺の背中を殴った。黒い法衣を纏った吉田寺の背中が激しく波打つ。普通ならいとも容易く標的を破壊する一撃だが、目の前の華奢な女はびくともしない。その事実がまた、吽形を驚かせた。
「一体どうなっている!?」
吽形はその時、此方を睨み付けている視線に気が付いた。
小さな女の子の真っ直ぐな瞳が、法衣を纏った黒い背中越しに向けられている。その瞳には恐怖などなく、怯える色もない。ただ、激しい怒りがあるだけで、刺すような視線を向けて来る。
「お姉ちゃんを虐めたんは、お前やな?」
破壊しようとした対象に、このような目で見られ、罵られるとは。
乾いた笑いが、吽形の口から自然と漏れた。
二三步、ふらふらと後退り、吽形は腰を屈めた。足元に流れる電気を全てかき集めて、拳に込めるつもりでいる。
形勢は非常に不利だった。
阿形は、神使の攻撃で殺られてしまった。土を掘り進んだ自分は業火に焼かれずに済んだが、酷く傷を負ってしまった。
神使は、力を使ったようだが、まだまだ戦闘に復帰出来そうだ。それに、突如現れた恐らくは此方側の女が、どういう訳か、小さな女の子を守っている。おおよそ全力に近い打撃を喰らわしたのに、びくともしなかった。あれが、敵に回ると非常に厄介だ。
千春を抱いていた吉田寺は、立ち上がって吽形を見た。対象に何の興味も示さない冷たい目だ。
それから、すっと足を踏み出すと、吽形の目と鼻の先に迫る。
吽形は動けなかった。
まるで、死神のような装いの女に見詰められると、何かを悟ってしまったかのように足掻けなくなった。
吉田寺が右の掌で、吽形の頬を優しく触る。
はっとしたような表情を見せた後、吽形は砂に変わった。瞬く間にである。
――極楽往生だ。
と鹿目は思った。
菜月は目を覚ました。
寝かされていたのは二階の部屋である。
上半身を起こすと、肩の辺りが酷く痛んだ。顎を引いて見てみると、大きなシップが貼られていた。
階下から声が聞こえるので部屋を出る。肩は痛むが少し休めば、又、鍋が振れそうだと思った。
階段をそろりそろりと降りていると、千春と、あの鹿目という神使が話をしているのが聞こえた。
そういえば、先ほど何かに襲われていたのだ。
書き忘れた品物を追加して鹿目を追いかけたら、運悪く神使の戦いに巻き込まれてしまった。
鹿目に嘘をついて、買い出しに行かせたから罰が当たったのかもしれない。
あの男は、情けないくらい真面目に、私に謝ってくれていた。
だから私も、騙してごめんなさいと言おう。
仕入れをしないと店を続けられないが、誰かに頼んで持ってきてもらおう。
何とかなる。何とかなるはずだ。
菜月はそう決めると、ゆっくりと階段を降りた。
「しかし、千春ちゃん。そのお守りは最強だね」
「そうやな。私もびっくりやわ。ぽっくり寺は生きてるん?」
「さあ……、どうなんだろうねぇ。何かこう、特殊なゾーンに入っている気がするんだよねぇ。まあ、瓶の中には入っているんだけども……」
「それって、分からへんって事やんな?」
「う~ん……。そうはっきり言ってしまうと、神使としての箔に傷がつくでしょ?」
「あんたに箔なんか、最初から無かったと思うけど?」
「それはきっと、千春ちゃんには見えてなかっただけだよ。うへへへ」
「あああ……。また気持ち悪い笑い方……。あ! お姉ちゃん、大丈夫なん?」
台所の二人が、一斉に菜月の方を振り向く。
「うん。大丈夫や。心配かけちゃったね」
二階まで運んでくれたのは、おそらく鹿目だろう。菜月は頬が熱くなった。鹿目が声を掛けて来る。
「よかった、よかった。元気そうだ。じゃあ俺は、ささっと買い出し行ってくるから、待っててくれよな」
「あ! 別に大丈夫やで! 何とかするから!」
「いいって、いいって! それじゃあ行ってきます!」
「ちょ、ちょっと神使~!!」
菜月と千春に見送られて、鹿目は元気よく店を飛び出す。
いつになったら法隆寺にお伺いできるのか?
法隆寺からの刺客を二匹、地獄に送り返したのだから、天音大佐は大目に見てくれるのだろうか。
鹿目は嫌な予感しかしなかったが、空元気を出して上を向いた。
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