第二十一話 阿形吽形
連休明けは身体が疲れますね。
無理せずいきましょう!
「なんか食べる?」
「……はい。いただきます」
鹿目征十郎がそう答えると、菜月は仕込みの手を止めて中華鍋を振るい始めた。卵を落として、青い野菜の切れ端を入れると、一瞬で出来上がるスクラブルエッグの中華仕様。手早く皿に盛りつけると、カウンターに座った鹿目の目の前に差し出された。
「ご飯いる?」
「いや、これで十分かも」
昨晩飲み過ぎて、胸焼けが微かに残っている。沢山の量を食べることは出来そうになかった。頭も痛い。
身体がこんなにボロボロなのに、菜月を連れ込んで己の欲求を満たしてしまったとは……。
鹿目は心底、情けなくなった。
「卵に、野菜に、鶏ガラに。そろそろ乏しくなって来たなぁ。買いに行かなあかんけど、私の足は鉄みたいやしなぁ」
菜月の独り言が聞こえる。
現状、奈良は魔都化が進んでいるから、外からの物資は、ほとんど入ってこない。
奈良に関わることは、外部の人間の記憶から分単位で、すっぽりと抜け落ちていくので、よほど気を付けておかない事には、仕事上の約束や契約だとしても覚えておけないし、履行できない。
今の奈良は、究極の自給自足を強いられている。
菜月が用意してくれた卵料理は、温かいし美味かった。少なくなってきた材料で、わざわざ鹿目のために腕を振るってくれたのだ。鹿目はまた心が痛んだ。
鹿目は上目づかいに菜月を見た。何やらボールペンを走らせて、メモを取っている。やがて、その手を止めると、鹿目を見てにやりと笑った。
「買いに行ってくれる?」
「え?」
はじめ、鹿目は菜月が何を言っているのか分からなかった。
「ひょっとして、タダやと思ってる?」
「え? どういう事?」
「私を弄んだ挙句、朝飯を優雅に平らげて、優男がごとく、そのまま帰ろうと思ってるやろ?」
菜月が顔面を鹿目に近づけてくる。
鹿目は視線を外すことが出来なかった。
「いや、そんなことはない。きちんと謝罪して許してもらおうと思ってるよ。菜月さん。本当に悪かった。俺にできる事なら何でも言ってくれ」
「じゃあ、これ」
鹿目が受け取った紙には、食材の名前と数量、仕入れ先の住所が書かれてあった。
業務用の仕入れとあって、いずれもキロ単位だ。
「こ、こいつは一体……」
「代金は私が払うで。そこまで極悪な事はせえへんよ。誰かさんとは違って、私は鬼畜じゃないからな。私は買い出し出来へんから、代わりに行ってくれる?」
「俺、法隆寺……い、いや、わかりました」
もう、それ以上は何も言わずに、鹿目はメモをズボンのポケットに押し込んだ。正直、奈良県内で、これだけの食材が揃うのかと微妙な気持ちにもなったが、ぐっと飲み込む。
急いで朝食をかきこむと、すぐに立ち上がった。
「昼までには帰って来れるように努力する」
「はいはい。いってらっしゃいませ」
菜月は満面の笑顔で、猫背になってしまった鹿目を送り出した。
引戸を開けて外に出ると、雲の隙間から日の光が差し込み、田んぼや川に降り注いでいた。道路沿いには、コンビニや、ガソリンスタンド、遠くには学校なんかも見えているが、人影はない。寂しい田舎の風景だ。
愛車のシエンタは、店の裏側の青空駐車場に停めてある。鹿目が裏に回ると錆びだらけの愛車がすぐに見えたが、そこに誰かいた。
ガラの悪い、若い二人組の男。十代で間違いないだろう。
黒と朱のスカジャンをそれぞれ着用しており、ダメージジーンズを履いている。
田舎のヤンキーが出たと、鹿目は思った。
田舎のヤンキーは、興味深そうに鹿目のシエンタに纏わりついている。
運転席側のドアが外れている状態なので、それに託けて、車を盗もうとしているのかも知れなかった。
「お~い。それは俺の車だけど、何かようか?」
鹿目が咎めると、二人はチラっとこちらを見た。それから唐突に車の横腹を力強く蹴った。蹴られたのは後部座席のドアの辺りだが、間違いなく凹みが出たであろう勢いだった。
「おい! くそガキども! 蹴るんじゃねぇ!」
鹿目が怒声と共に掴みかかると、手前の男が器用に鹿目の腕を絡みとって、背負い投げを見舞った。ただの背負い投げのはずなのに、随分と遠くに飛ばされてしまう。
鹿目は受け身を取ると、すぐに立ち上がって男達を睨んだ。
「お前ら! 魑魅魍魎の類か!」
鹿目を投げ飛ばした腕力が、人間のものではなかった。黒いスカジャンの男が、不敵に笑いながら答える。
「俺は吽形。法隆寺の使いで来たんだが……。神使さん。いつになったら来るの? 俺達、待ちくたびれたんだけど」
朱色のスカジャンを着た男が歩いてくる。
「俺は、阿形。お前、死力を尽くさないと、今すぐ死ぬぞ?」




