scene.08 緩やかにズレる世界
久々に会ったダニエルとフレドリックに面喰らいつつも
「ははは!フェリシア様を蔑ろにしているわけではなくてね、僕はただケルシーが幸せならそれでいいだけだ。オーランド君ならケルシーを任せるのも問題はないと考えていただけですよ」
「まあお兄様!オーランド様がいれば私は幸せです!」
「お前らはそれを自重しろっつってんだよ!……ったく……」
楽しそうなダニエルとケルシー、不機嫌そうなフレドリックに軽く会釈をしながら生徒会室に足を踏み入れた。
しかし……何がどういうことなのだろうか?
「皆さんお喋りは後でしてください。なにやら不思議な顔をしていますが、オーランドは主席合格なので生徒会に入ることは決定事項です。拒否権なんてものはありませんよ?」
そう言うとシャーロットはいつも通りの笑顔を向けてきて……
「いえ…あ、はい……え?」
その周りで楽しそうに笑っている3人におかしなところはないが………
それでも、これはおかしい。
ゲームでオーランドは生徒会には所属していなかった。
入学早々にいきなりゲームとの大きなズレが発生したが……
これは……大丈夫なのだろうか。
ゲームでオーランドは生徒会に所属していなかった、これは間違いない。生徒会は2年以降のいくつかのヒロインのシナリオで頻繁に使用する場所だから、こんな場所にオーランドが堂々といるのは邪魔でしかないが……しかし、いくつか不安になる要素はあるものの……拒否権がないと言うのなら勤めあげるしかない…のか?
辞退するにしても彼等を納得させるだけの言い訳を今すぐに考えださなければならないわけだが、ダニエルを相手に生半可な言い訳が通用するとは到底思えない、不可能だ。
仕方ない……自由に使える時間が削られるが……
生徒会が絡むようになる2年以降のシナリオも不安だが……
入学早々いきなり大幅にズレ始めた世界に困惑していると、
「なんだなんだぁその返事は?オーランド…お前は俺の義弟になる男なんだぞ?もっとハキハキしてくれよな!いやいや、勘違いすんなよ?怒ってるわけじゃねぇぜ?お前をいびったらエリーの奴すげぇこえーからな!わははは!」
フレドリックが荒々しい言葉を飛ばしてきた。
見ると、椅子にもたれかかりながら爆笑していた。
「は、はい!」
俺はその言葉に慌てて返事をした。
不安要素はあるが今は気持ちを切り替えるべきだ。
そして尚も楽しそうに笑って話かけてくるフレドリックに返事をした。
フレドリックの言葉は端的に言えば粗暴だ。とても荒い。
貴族に有るまじき喋り方だが、彼にはこれが許される。
彼の剣技は周囲の声を、理不尽を全て跳ね除けられる程に強い。
それはゲームの中だけではなくこの世界でもそうだ。
たかだか2歳差だというのに、グレゴリーと戦っている時のような圧倒的な壁を感じるのはこの男とリリィくらいだ。
しかしながら、この人は絶対に弱者を傷つけない。
悪を許さず正義を愛する彼は、貴族も平民も関係なく接するノブレスオブリージュを体現したような人間だから俺はフレドリックの事が嫌いではない。むしろ好きな方だと思うが……
ゲームではフレドリックとオーランドが絡む描写は無かったが、主人公やフェリシアと会話している時に『俺だってあいつは嫌いだった、出来る事なら俺の手で嬲り殺してやりたい程に』とか言ってたしな……怖いと言えば怖い。
「こらこらフレドリック君、あまりオーランド君を苛めちゃいけないよ?いきなり生徒会室に呼ばれて緊張をしていただけだよね?さあ、そんな怖い男よりも僕のことを義兄さんと呼んでくれてもいいんだからね?ははは!」
「まあまあお兄様!それはまだ早いですよー!」
「まだじゃねぇよ!!」
「ふふふ、オーランドが来て皆さん楽しそうね」
楽しそうっていうか……なんだこの空間は。
「それはその、嬉しいのですが……私は生徒会で何をすればいいのですか?ダニエル様が副会長、フレドリック様が風紀委員長、ケルシー様が書記、ですよね?」
「オーランドには会計についてもらいます」
「会計ですか?」
「そそ、んで俺が卒業した後は風紀委員長になって会計はエリーに渡しゃいい」
「そうなのかい?僕が卒業した後に副会長になってもらうのだと思っていましたが?」
互いに牽制するように言葉をぶつけ合う2人ではあるが、
お兄さん連中の話はどっちが正解だ?
まあ……風紀委員長も副会長もルートによって主人公が付く役職なのでゲーム的な話を言うならどちらも不正解だけどな。
「それは1年後に決めればいいでしょう?オーランドがどちらに向いているかの判断をこの1年ですればいいんですよ」
「そうか?まあ会長がそういうならそれでいいか。でもオーランドに向いてるのは絶対に風紀委員長だとおもうぜ?私闘してる連中やなんか勘違いしてる貴族連中を護衛もろともわからせてやれる程つえぇ奴なんて早々いねぇしな。その点、オーランドは合格だ。俺ほどじゃねぇがいい線いってるし……あー……あとあいつか……オーランドの場合はあいつだ。側仕えがやべぇ、あいつとオーランドの2人で学園を締め上げるのもいいじゃねぇか?あとあれだ、入学式の挨拶もよかったぜ?気に食わねぇやつは潰すって、笑いそうになったけどありゃよかった!わはははは!」
「えっと……」
爆笑している所悪いが、そういう意味ではない……
まあいい……それよりもリリィとの風紀委員か…
うん、悪くないかもしれん。
確かにリリィは強い。魔術を絡めれば話は変わるが、剣技だけで言うならあいつは俺を遥かに凌駕しているしフレドリックと対等に渡り合えるほどだ。グレゴリー先生が笑いながら稽古するくらいだしな……有り難いね、信頼できる強いパーティーメンバーってのは……
剣術の修行でグレゴリーを笑顔にしたことも無ければ一度も褒められたことがない俺とは全然違うな!いや別に全然悔しくはないし!
しかしなるほどなるほど……フレドリックお兄様の言う通り、俺とリリィで学園を取り締まれば主人公は格段に動きやすくなるかもしれないな。
「それを言うのなら副会長だって適任ですよ?オーランド君の知識は多岐に渡りますし、その視野は学園の中に留まらない。より広くより高く、国を見据えて動く彼が護衛として会長を公私共に支えることはラーガル王国にとっての理想じゃないかい?風紀委員長として割く時間を少しでもシャーロット様(と、ケルシー)と過ごして貰う方がきっといいさ」
何か心の声が聞こえた気がしたけど、まあそうだな。
風紀委員長として割く時間で俺が得られるものは少ないか…?副会長として指示を飛ばし、学園全体で主人公を支援する枠組みを築き上げつつ他の時間を勉強や修行、自立計画のために割いたほうが効率的かもしれん。悪くない。
「はいはい、そこまでにしなさい。それをこの1年で判断しましょうと言っているのです」
「なるほどなー」
「畏まりました」
「ロティーもお兄様もフレドリックももういいじゃないですかー!オーランド様が立ちっぱなしじゃないですか、さあさあこちらに座ってください!」
長話に飽きてきたのか、ケルシーは自分の太ももの上をたたきながら楽しそうに話しかけてきた。
「フレドリック“さん”と呼べ!それに何処座らせようとしてやがる……まあとりあえずオーランドはこっちきて座れや……はあ……生徒会室ってもっと静かだったんだがな……」
そして、フレドリックお兄様もまたそんな自由なケルシーに文句を言いながら着席を促してきた。
「そうだね……今日のフレドリック君はどうにも落ち着きがないね」
「そうですよフレドリック、生徒会ではお静かにです!」
「いやお前らのせいだからな?それと、フレドリック“さん”と呼べよ書記ちゃんよぉー?」
その後、所属手続きや仕事内容の説明などの会話は続いた
ゲームの生徒会が俺を除いたこのメンバーだったのは間違いなく、1年生パートの間は生徒会は4人だけだった。そして1年生パートが終わり、ヒロインが決定する2年生パートが開始すると攻略ヒロインのルートと主人公のステータス次第で生徒会に所属できたり出来なかったりするわけだが……
オーランドが生徒会に入っちゃっても大丈夫なんだろうか。普通に大丈夫じゃない気がする……生徒会の枠が1個埋まってしまうのはまずい気もするが……うーむ……
ヒロインの様子と言い、生徒会と言い
ゲームと現実がどんどんズレている気がする。
このズレが悪役にとって吉と出るか凶と出るか……
一抹の不安を感じつつも俺は生徒会に所属することにした。
確かに不安はある。
不安はあるが……ダニエルとフレドリックは終始楽しそうに会話をしていたし、ケルシーはいつの間にか席を移動して隣でくっついていたし、シャーロットは笑っていたし……仲の良さそうな生徒会である点には少し安心した。
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