scene.55 明日へ歩く Ⅳ
暑さが和らいできた夏のある日
復調した俺はいつも通り庭で身体を鍛えているのだが……
「あの時の私はどうかしていたのですわ!」
そんな俺にとんでもない勢いで迫って来る女がいる。
青く美しい髪を芸術作品のように結び、宝石のように輝く青い瞳をまんまるに見開いてぐいぐいと近寄って来る女が居る。
「今そんな話はどうでもいい!気を抜いてると死ぬぞ!」
「構いませんわ!戦いに手加減は無用!」
グリフィアの広大な庭では俺とマリアによる互いに<纏>を展開した状態での超高速戦が繰り広げられていた。
マリアの美しい肢体から繰り出される攻撃はどれも必殺の威力が籠められており、同時に俺が打ち出す拳もまた必殺の一撃が籠められている。刹那の攻防は無限に続き、互いに髪一重の命のやり取りをする。
「俺の速度についてこられるとは大した奴だよ」
「当然ですわ!その為だけに己を鍛え上げたんですもの!」
掴まれた手を振りほどくことなく身体ごと捻り、回転させた勢いのまま俺の頭部目掛けて横回転の蹴りを放つマリア。当然そんな攻撃をまともに食らってやる義理はないので、打ち出された蹴りを躱しながら今度はこちらから強烈な縦回転の蹴り、サマーソルトをマリアの顎めがけて放った。
元々俺が教わっていたのは護衛を主たる目的とした戦い方だったが、14歳になり護衛騎士の補佐に取り立てられる話が出たあたりからグレゴリー先生は相手を殺す為の戦い方を教えてくれるようになった。
戦闘技術とは突き詰めれば殺しの技術になる。
殺意の無い一撃に何の意味があるのか、本気にならない戦いに何の意味があるのか、相手を思いやる戦いで一体何の成長が得られるのか。それは強者の驕りであり敗者の妬みでしかないと、グレゴリー先生が言っていた。
それ故に、うちの組手は全員本気だ。相手を殺す為に本気の一撃を互いに撃ち合う。
とは言え、リリィ、グレゴリー、マデリンは明らかに俺やマリアに手加減をしてくれている……あいつら本気になったら俺もマリアも瞬きの間に殺されちゃうし……
そしてそんな中、俺とマリアは実に丁度いい。
非常に嬉しくないし大変不本意ではあるが……俺とマリアの戦闘技術は実に丁度よく釣り合っている。それはもう驚くくらいにぴったり同レベルという感じで、本当に丁度いいのだ。
ゲームでは一番弱かったヒロイン、マリア=カラドリア
今の俺はそんな彼女とどっこいどっこいの強さだ。
マリアが強くなり過ぎたのか……
俺が弱すぎるのか……
その辺のことは最早よくわからない。
◇ ◇ ◇
多少暑さが和らいだとは言え、夏は暑い
そう言うわけで、汗だくになりながらの組手は午前中で終わる。
最近は護衛騎士の研修とオフが交互にあるので、折角の夏季休暇であるにも関わらず自由に使える時間はそう多くない。鍛錬もしなければならないし勉強もしなければならないし、主人公だってとりあえず強くしておきたいし、他の主役連中の攻略方法も考えないといけないし……とにかく時間がないと言うのに……
午前中の鍛錬が終わったので、グリフィア邸の書庫でヒロイン攻略の糸口を見つけようとあれやこれやと調べものをしている俺のすぐ側で
「あの日!あの時!あの場所の私はどうかしておりましたわ!」
「マリアはいつもどうかしてるぞ」
「リリィなんかの事が気になってオーリーからのキスの許可を放棄するだなんて……マリア=カラドリア史上もっとも愚かな選択をしてしまいましたわ!ううううう!!」
地団太をしながら、ぶうぶうと文句を言う女がいる。
「すまんが騒ぐなら他でやってくれ、俺は調べたい事が多いんだ」
「わ、わかっていますわ……ですから、何をお調べになられているのか教えてくださらないかと何度もお聞きしているのではありませんか……」
「何を調べればいいのか俺もよくわかってないからな……だからとりあえず知らない事は全部知りたいだけだ」
「それではお手伝いができませんわ」
「誰も手伝ってくれとは言ってないだろ」
「それは嫌ですわ!今は私の時間ですもの!」
「……そうかい」
リリィ捜索をする為に好き放題に力を行使して好き放題に色々な人間に力を借りた俺には莫大な借りがあり、絶賛返済中である。その中でも極めて特殊な返済方法の1つに俺の時間を使った返済がある。
1日のうち3時間をケルシーと2人で遊ぶのはもちろん
1日のうち1時間はマリアの為に時間を割くと言うものもある。
いつの間にか俺の時間が売り飛ばされていたことに驚いたし了承した記憶もなかったが、婚約者様が最善だと言ったのだから多分これが最善の返済方法だったのだと思う。
どちらも夏季休暇中限定なのであと少しで終わるが……
「だったらマリアがやりたい事やるからそれに付き合うって……」
「私がヤリたい事など1つしかありません!でもそれはフェリシア様が禁止だと仰られましたし……『破れば本当に殺すのでくれぐれも気を付けるように』とまで言われたので……やめておきますわ………そうなるともうオーリーがやりたい事をなさってくださるのが一番ですわ!私は1時間2人きりで居られるだけで幸せですもの!」
マリア=カラドリアの私室をぶち壊すと言う超弩級のやらかしをしたリリィの罪は、場合によっては国家反逆罪よりもヤバイ。かなりイカれた奴ではあるがマリアはあれでカラドリアのお姫様だ。この世界に並ぶものが居ない神レベルの金持ちお嬢様だ。そんなマリアの部屋をぶっ壊したのは正直な所かなりヤバイ。マリアの爺さんにでも知られてしまえば俺とリリィの首が飛んだ後にシャーロットの首まで飛びそうな程度にはヤバイ。
そんな激やばな事態を解決してくれたのもやはり……
『マリア、この部屋は貴女が壊したことにしなさい。そうすれば1日に1時間オーランド様と2人きりで遊ぶ権利を売ってあげるわ』
我が敬愛する婚約者、フェリシア様だった。
しかも何故かフェリシアはマリアからお金を貰っていた。
そして、何故かフェリシアに管理されている俺の時間を1時間買い取ったマリアが一体何をするのかと思えば、俺がやりたいことをやればいいと言ってきた。2人きりで居られるならそれでいいと。
少し意外だった。
「だったら静かにしててくれると助かるんだが……」
「それも嫌ですわ!折角の2人きりの時間……ヤリたい事はヤレませんが、オーリーのお手伝いをして私の評価を上げるチャンスですもの、調べものなら任せてくださいませ!」
「お前なぁ……」
ゲームキャラの頃から超肉食系ではあったが、マリアは相変わらずブレない奴だ。女性の性欲については詳しくは知らないが、マリアはあれなのかな?ビッチとか言うやつなのかな?
いやまあ……違うよな。
いい加減わかっている……
「オーリーが近くで黙って本を読んでいると襲いたくなりますわ!どうぞお喋りなり調べものの命令なりしてくださいまし!」
「目を血走らせてこっちを見るな!集中できるか!」
「お、お触りは禁止だとフェリシア様が仰っていたので……せめて見るだけでも!」
そう言ったマリアは、両手をぎゅっと握りしめ必死の表情だった。
それは女の台詞なのか……
「……ったく……マリア」
あまりに必死な形相だったマリアが可哀相に思ったのか、それともただ面白かったからか、それとも……本を置いた俺は、固く握られているマリアの右手を両手でそっと包んだ。
「あ!あの……」
いい加減にわかっている。
「フェリシアにはマリアから触るなって言われてたんだろ?だったら俺から触るのはセーフだろ」
「そんな抜け道が!さあいつでも来てくださいませオーリー!」
俺の言葉をどのように解釈したのか知らないが、マリアは目を閉じて唇を突き出してきた。
「何処にもいかねぇよ!いいからちょっと聞け……落ち着け」
「は、はい……」
マリアは誰にでもこんな態度を取るわけではない。
いい加減にわかっているつもりだ。
朝早くから俺にへばりつく様に側に居て、夜になれば俺を襲いにくるような女が他の男を相手にしている時間などあるはずもない。マリアはただ性的な目で俺を見ているわけではないだろう。いやまあ、かなり性欲が強そうではあるが……それでも……
「俺はマリアの事は嫌いじゃない。いや違うな…………好きか嫌いかで言えば好きだと思う。でもな、」
「私も好きです!愛しておりますわ!!今すぐ式をあげますわよオーリー!準備は出来ております!」
俺の言葉を途中で遮ったマリアの美しい顔がだらしなく歪んだ。
「いやちょ!おちつけ!最後まで話を聞けって!!」
準備出来るって何だよ。
「でもな、マリアに対する好きは、フェリシアやケルシー、シャーロット、アイリ、ギルバート、父上、母上に向ける好きと同質のものだ………悪いが、恋愛感情はない…」
マリアの俺に対する態度はド直球な好きの現れだ。
必死になってゲームのキャラに落とし込もうとしていたが、そうやって無視して気持ちを踏みにじるのはやめろって言われたからな。俺はもう逃げる事はしたくない。
「それでも構いませんわ。たとえオーリーが私の事を愛してくださらなくても、私の愛が衰えるような事は決してありませんわ」
「……それは素直に嬉しく思うが………それでも俺はきっとマリアの気持ちに応える事はできない」
マリアには早く別の恋を見つけてほしい。
俺は鈍感系主人公ではないのでこの先も上手に彼女の気持ちを避け続ける事は出来ないだろう。今ここできっぱりと振って、マリアには俺以外の人を見つめて欲しい。
「それも構いませんわ。私は今ようやくスタートラインに立ったんですもの!」
「スタートライン?」
「ええ!だって、オーリーが初めて私の気持ちを肯定してくださったんですもの!好きでいても良いと、その気持ちを嬉しく思っていると!」
「そうは言ったが……」
「私は今ようやく………ようやく………オーリーの視界に入りましたわ。やっと……やっと……貴方の見る景色に私を住まわせることが出来ましたわ」
「いや…だから、マリアは俺の事を忘れて」
「嫌ですわ!いいですことオーリー!私達の本当の勝負はたった今始まったんですわ!私はいつかケルシー様よりも美しいと褒めてもらい、リリィよりも信頼していると頼られ、フェリシア様よりも大切だと言ってもらえる存在になってみせますわ、必ず!必ずです!」
「マリア……」
「ですから……どうか、私がオーリーを好きでいる事を否定なさらないでくださいませ。私は私の道にただ一度の後悔もしたくはありません。どうしても私を拒むと言うのであれば、いってください……『お前のような女に好きになられても迷惑だ』と、ただ一言仰ってくださいませ。そこまで仰られれば……私は身を引きます」
目の前のマリアは真剣だった。
ただただ本気の顔で、笑いもせず怒りもせず、ただ真剣な瞳で俺を見ていた。
マリアの為を思うなら俺は言わなければならないはずだ。
言わなければならないはずなんだ……
たとえその結果、目の前の女性を傷つけたとしても……
きっとその方がマリアの将来の為になるはずだ……
「…………………」
マリアの為にも彼女を俺から引き離さなければならなかったのに、結局何も言えなかった。
好きである事を否定されるのは……きっと辛い。
父上と母上から否定されたら……俺はきっと立ち直れない。
「もう……そんな顔をしないでくださいませ」
「すまん……だが、マリアはきっと後悔―」
「後悔しない人間などいませんわ。」
「………まあ、な。」
後悔しない奴が居るとすればそれは神か馬鹿くらいだろう。
「どうあっても人は後悔するものですが、このマリア=カラドリアをたらればで生きるような軟弱な凡夫と同じにしてもらっては困りますわ。どのような選択をしようとも人は必ず後悔しますし、後悔の無い人生を歩む生き物などこの世界には存在しませんわ。だからこそ………私は今この瞬間に全力を注ぐのです」
そして、マリアは突き抜けた馬鹿だ。
「全力で戦って尚も届かぬのであれば、それは私の身に余るものだったというだけの事。後悔などする暇はないのです。私は将来後悔をしない為に今を生きているのです」
俺の選択が正解だったのか不正解だったのか
何が一番マリアの為になるのか、今はまだわからないけど……
「だからこそ、この恋は後悔はないのです。このマリア=カラドリアを甘く見てもらっては困りますわ」
目の前で真剣に語るマリアの顔を見て……
「…………お手柔らかに頼むな」
俺は初めて、マリアの事を人として格好良いと思った。
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