scene.54 明日へ歩く Ⅲ
護衛騎士とは常に主と共にあるもの
自身の命よりも主君を優先し
自身のプライベートよりも主君を優先する
なんとなくわかっている……
昔から父上を見ているからな………
「来ましたねオーランド!」
「オーランド=グリフィア、参上致しました」
ラーガル学園に入学する直前に護衛騎士『補佐』の任に就いたと言う事をすっかり忘れていた俺は、夏季休暇中に王都に戻りあれやこれやと騒動を起こした結果……
「もう……2人きりの時はそんなに堅くならなくても構いませんよ」
「そうは参りません殿下」
暴れまわる暇があるなら護衛騎士の勉強をしろと、ただでさえリリィ捜索や怪我の治療で大幅に消滅した夏季休暇の残り時間を使ってシャーロット王女様の護衛騎士の仕事を父上からちょっとずつ教えてもらう事になった。
騎士自体は沢山いるし優秀な騎士もたくさんいるが、王家の護衛騎士はラーガル建国以来グリフィアが務めることになっているし、実際今のラーガルでドレイク父上より優秀な騎士なんて居ない。そんな父上からの推薦と言う事もあって、だーーれも文句は言わないし、フェリックス王も『うん、ドレイクの子供だしいいんじゃない?シャーロットもオーランドが良いって言ってるしいいんじゃない?』と言うひっじょーに軽い感じで決まった俺の護衛騎士補佐だ。
「わかりました……お話は仕事の後にしましょうか」
「仰せのままに」
「それでは参りましょうか」
そう言うとシャーロットは自室を後にしてラーガル王城の中を静かに歩きだした。
小さな頃は何度となく訪れたシャーロットの私室も、年齢が上がると自然と足を踏み入れる事がなくなった。密室に未婚の男女が2人でいるのもよくないしな。
もっとも、ここ数年はシャーロットと2人でいると言う事自体が殆どなくなっていた。王の代わりに重責を背負いながら必死に前を向いていた幼い少女はいつの間にやら成長し、俺とお茶会をするような暇など無くなっていた。
王城を所狭しと歩き、各所からの報告を聞き、日が昇りそして沈むまで………会議………会議………会議………
シャーロットの仕事量は膨大だ。学園に通っているせいで滞っていた議題や執務は山積みで、それらを一つ一つ淡々と処理している。
気が滅入りそうな話から頭を悩ませる問題まで、国の頂点に立つ者にはあらゆる責任が伸し掛かる。護衛騎士とは言え俺はまだ補佐でしかなく、研修期間のようなものなので……そんなシャーロットの後ろについてまわるくらいしか仕事がない。お茶を用意したり扉を開けたり毒味をしたり対立する派閥の者の視線を遮る為に立ったりスケジュールを管理したり……護衛騎士ってのは秘書のような立ち位置なのかもしれない。
戦場ならともかく鉄壁のラーガル王城の中での護衛なんて基本的に不要だしな。暗殺者の警戒や毒物の警戒は怠らないが、精々そのくらいだ。
「本日の予定は以上です、殿下」
「そうですか、それでは私は部屋に戻ります。お供なさい」
「はっ!」
けれど、どれほど多忙な日々を過ごそうともシャーロットはいつも笑顔を崩さない。フェリシアも基本的にはずっと笑顔だが、それ以上だ。笑顔以外のシャーロットを見たのは数える程しかない、リリィに暴言を吐いた時とグリフィア邸でマリアと口論をしたあの日と、学園でリリィに悪ふざけが見つかった時……それくらいか。
時々ふざけた事をする方だけど、それでもやはりこの人は尊敬に値する人だ。
何人もの側仕えが入れ代わり立ち代わりシャーロットの身の回りの世話をして、最後に俺は彼女の部屋に危険がないかを確認する。何事も無ければよし、異常があれば当該箇所を担当した側仕えを締め上げる。俺の仕事はこんなところだ。
◇ ◇ ◇
「さあオーランド、2人きりになりましたよ」
「本日も1日お疲れ様です、殿下」
「これと言って疲れるような事はないですよ。それよりも……言葉を崩してくださらない?」
「畏まりました」
食事も湯浴みも全て終わった夕暮れ
再びシャーロットの私室で2人きりになった。
シャーロットと2人きりと言うと何となくラーガル学園での事を思い出すが、彼女は馬鹿ではない。今が俺の護衛騎士としての仕事を見る為の期間であることを理解しているし、彼女自身も仕事が山積みになっている為に悪ふざけをするようなことは無い。
「どうですか、少しは慣れてきましたか?一日中立っているのは辛くありませんか?」
「いえ、疲れは全然ないですが……会議だけはどうにも緊張しますね。お偉方の話は難解ですし、俺が聞いてていいのかって話もありますからね」
「ふふふ、オーランドは腹芸が不得手ですものね。でも、それでいいのよ。貴方は私を守ってくれるだけでいいの、私とオーランドでは求められている役割が違いますからね」
「役割…………か」
「どうしたの?」
「ああ、いえ………頑張らないとなって」
求められている役割
シャーロットが王女としての役割を全うするように、オーランド=グリフィアもまた役割を全うしなければならない。それは護衛騎士やグリフィアの嫡子としての役割であり……
「オーランドはよくやっておりますよ?もっと自信を持ちなさい」
「自信か…………ロティーはさ、俺が悪い事をしたらどうする?」
「当然罰します。何を当たり前の事を言うのですか」
「そりゃそうだよな。悪い、変な事を聞いた」
オーランド=グリフィアのこの世界での役割は悪役である事だろう。全てのルートを1つずつ潰していく上で、何一つ悪事に手を染めないで済む………なんて事はないはずだ……
俺の返事を聞いたシャーロットは椅子に腰掛けながら口に含んだ紅茶をゆっくりと飲み込み、優雅に口を開いた。
「………ですが、悪事を働く前に相談なさい」
「相談ですか?」
「ええ、そうよ。悪事の相談をなさい、一緒に考えて共犯になってあげます」
「何を言ってるんですか………そこは悪事を止めなきゃダメでしょ」
相変わらず何を言っているんだか……
「あら、オーランド知らないの?私は王女なのよ?」
「いや知ってますよ」
何を言ってるんだ?
「王女がやる事は国の意思だから、私がやる事に悪い事はないのよ」
そう言うと、悪戯な笑顔を浮かべたシャーロットは床に紅茶を溢し始めた。
「ほら………ね?悪い事をしても誰にも怒られないでしょ?」
「いや………まあ………」
そりゃシャーロットが床に紅茶をぶち撒けるくらいで怒ったりしないが、そう言う話ではなかったような………
「…………そうね、先日の貴方の行動を咎める者は多々います。グリフィアの嫡子が暴走している、たかが使用人1人が居なくなっただけでやりすぎだ、国軍を動かすなど馬鹿げている、あのような愚者に王女の護衛は務まらない………まったく………有象無象の声を鎮めるのにどれだけ苦労したか………」
「………申し訳ない………」
貴族の反発は当然だ。
使用人1人を探す程度の事で家捜しまでされるなど不快極まりなかっただろう。これまで必死になって築き上げた信頼と実績はあの2週間でかなり堕ちてしまった。
シャーロットが呆れるのも無理はない。
「そんな顔をして何を勘違いしているの」
「ん?」
「オーランドの要請を受け入れたのは私ですし、騎士を動かすと決めたのも私よ」
「……すまない」
シャーロットの言葉を聞いた俺は思わず視線を外してしまった。
リリィを探すのに必死だったとは言え、多くの人に多大な迷惑を掛けたのは事実だ。俺の我儘のせいで王女にまで苦労をかけた。
「どうもわかっていないようですね………いいですかオーランド。私は私の意思でしか動きません。それが国に取って必要であればどれ程の悪事であろうと迷わず動きますし、それが不要であればどれだけ望まれようと動く事はありません」
しかし、そんな俺の事など気にすることなく椅子からゆっくりと立ち上がったシャーロットは淡々と話を続けた。
「悪事を働くのならまず私に相談なさい。それが必要な事であれば共犯になってあげます。それが不要な事であれば全力で止めてあげます。だから、自信を持ちなさいオーランド」
言いながら、シャーロットは俺の額に人差し指を押し付けて顔を上げさせた。
「それでも皆に怒られてしまったら、一緒に謝ってあげます」
「しかし、それは………」
「貴方はもう少し周りに頼る事を覚えなさい。リリィしか頼れる者がいないからいとも容易く取り乱してしまったのよ?顔を上げなさいオーランド。いい?私でもケシーでもフェリシアでも誰でもいいから頼る事を覚えなさい………貴方1人に寄りかかられたくらいで潰れるような軟な者達ではありませんよ」
頼る事を覚えろ、か……耳が痛いな。
「……わかりました。その時は相談させて頂きます」
「任せなさい。オーランドが思い付かないようなとびきりの悪事を考えてあげるわ、ふふふ」
そして、シャーロットは妖しく笑った。
「悪い王女様にはなって欲しくはないからな……精々悪い事はしないように気をつけるよ、はっは!」
「そうしてくれると助かりますが、私としてはどちらでも構いませんよ?」
「わかったわかった……何か悪巧みをする時はロティーに相談するよ」
「ええ、是非そうしなさい」
そう言うと、俺の額から指を離したシャーロットは楽しそうに微笑んだ。どれだけ忙しくても王女殿下はいつも楽しそうに前を向き周囲を気遣う……全く大した女性だよ。
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