scene.53 明日へ歩く Ⅱ
「オーリー」
声をかけると
「どうしたアイリ?」
彼はいつだって優しく微笑んでくれる。
いつだって優しい私の兄で、大好きな人。
「ここ、わからなくて……」
「あーはいはい、えっとなー」
今私はマリア様の部屋でオーリーと一緒に魔術の研究をしている。私はいつも通りオーリーの膝の上に乗せてもらって、背中にオーリーのぬくもりを感じて顔のすぐ横からオーリーの声が聞こえる、私だけの特等席で。
◇ ◇ ◇
フェリシア様とオーリーがやってきたあの日
何人も部屋に近付けるなというマリア様からの命令を受けていた私は、強引に部屋に押し入ろうとしたフェリシア様の足元に目掛けて雷針を放った。
オーリーに向けて打つのは少し罪悪感があったので、いつも私をオーリーの妹扱いしてくるフェリシア様に向けて撃った。マリア様が逆らうなと言うから逆らわないようにしていたけれど、あの時は大義名分が私にあった。だから日頃の鬱憤をぶつけるつもりでオーリーの婚約者様の足元に魔術を撃った。
殺されるかと思った。
『そう……アイリ、どうして嘘を付いたの?』
ドアノブから手を離して振り返ったフェリシア様はいつもの笑顔をやめて、ただ目を開けて私を見ていただけだったけど、私は死んだと思った。この人に逆らうのは多分やっちゃいけない事なんだと、その瞬間にようやくわかった。
「あッ…いえ……嘘では、なく……」
それでも……マリア様は大切な恩人だったから、死んだとしても命令は守ろうとも思った。もう国もなくなってしまった私にとって、マリア様とカラドリアだけが唯一の居場所だから、せめて命令を守って死のうと思った。
そうして、辛うじて返事をしていた私の下にフェリシア様が近付いて来て…でも、身体は動かなくて……次の瞬間には殺されるのだろうと思った私の耳には意外な言葉響いてきた
『オーリーに緑の紐を送るくらいはしてもいいわよ』
いきなりすぎてよくわからなかったけど、とんでもない朗報が突然舞い込んで来た。
髪色の紐を送って良いと言う事は、好意をしっかり伝えても良いと言う事で、それは妹としてではなくて、オーリーを恋愛対象として見ても良いと言う事で、それはつまり、つまり……
「いいんですか!あ……えっと……はい」
私はマリア様への忠誠を秒で忘れた。
でも、いつも私に妹で居ることを強要してくるフェリシア様が、オーリーを恋愛対象として見る事を許してくれたのだから仕方ないのです。それはもう嬉しくて、婚約者様から許しを貰ったと言う事はこれはもう側室ルートまっしぐらだと言う事でそれはそれは嬉しくて、マリア様には申し訳なくおもいつつも私はにやけた顔でフェリシア様につくことにしました。
マリア様には後でとんでもなく怒られました。
◇ ◇ ◇
そして今は
「術式を織り込むとして、やっぱり硝子の強度が足りないか」
「そうかも…分散させるとすれば、どうかな?」
「点ではなくて面で受け止めるのか。有りだが……その場合は硬度に問題がでる、か」
先日リリィ様によって木っ端みじんに粉砕されたマリア様の部屋を改造するべく私とオーリーは障壁強化の為の研究と調整をしています。
流石にラーガル王城の黄金の箱庭と呼ばれる王家の方々の私室がある一角に張られている障壁ほどではないにせよ、カラドリア商会の…特にマリア様のお部屋に張り巡らされている魔術障壁もまた相当な代物だったはずなのですが……
「リリィ様であれば……容易く破壊せしめる……ですよね」
数十人数百人単位の攻勢魔術ですら容易く防ぎきるはずのマリア様の私室に張り巡らされていた魔術障壁を、オーリーの専属側仕えであるリリィ様はあろうことかお一人で粉々に粉砕してしまいました。
「………マジですまん」
「う、ううん!リリィ様、凄い、ですね」
「凄いっちゃ凄いが……ごめんな、アイリにまで手伝ってもらって」
顔の横からオーリーの溜息が聞こえて来た。
カラドリア商会を建設した際の資料に目を通しながらどのように魔術回路を繋げていくか、魔術障壁の設計図を2人で書いているこの時間はとても楽しい。
「ううん、こ、今度、一緒にお買い物に行くから」
ただでさえオーリーを1人占め出来る楽しい時間だと言うのに、
「はっは!わかってるわかってる、もちろん覚えてるよ」
その上これが終わればオーリーと一緒に買い物に行ける。
マリア様ありがとうございます
リリィ様ありがとうございます
フェリシア様ありがとうございます
なんて事を考えながらオーリーに背中を押し付ける様に身体を密着させていたら
「あらアイリ……何処に座っているの?オーランド様の膝の上に座るなど……許される事ではありませんよ」
マリア様の部屋に当たり前のように入って来たフェリシア様があの日の視線を向けて話しかけてきた。
「な、ど、どうしたフェリシア?座ってるのアイリだぞ?そんな怒るような事じゃ──」
オーリーも一瞬身体を震わせて返事をしていた。
彼の言う通り今まで怒られたことは一度もなかった。
「そうですか……アイリもそれでいいのね?でしたら私は止めませんが……勿体ないですね」
フェリシア様はそう言うといつもの笑顔に戻られた。
何のことを言っているのかと一瞬考えた。
それで良いとはどれの事を指すのか……
「ああ…アイリが嫌がってるとかって事か?ここ最近は少し相手してあげられなかったから、これくらいは許してあげてくれ、フェリシア。」
はっ!
私はオーリーのその言葉と同時に膝の上から飛び降りた。
「ふふふ……アイリ、良かったわね可愛い妹で」
しまった…
しまった……しまった!
「どうしたアイリ?また座りたくなったら座ってもいいからな」
今の私が紐を渡したとして……
オーリーがそれを正しい意味に捉えてくれる確率はどの程度でしょう。長年染みついた妹ムーブを続けている限り、私はオーリーから永遠に異性として見てもらえないのではないでしょうか。
フェリシア様は私のどっちつかずな行動に対して一瞬苛立ちを露わにされた、妹として振舞いたいのか女性として振舞いたいのかどっちなのか、それに合わせてフェリシア様は動いてくれようとしていたのかもしれない。
や、やってしまいました……!
「ですって、いいのよアイリ。可愛い妹ですもの、しっかりオーリーに甘えなさい」
そう言って微笑むフェリシア様の顔を見た時、折角貰った千載一遇のチャンスが手のひらから零れ落ちていくのを感じた。
お読みいただきありがとう御座います!
アイリちゃん面白い子なので話沢山書きたいんですけどねー




