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scene.52 明日へ歩く Ⅰ


 

 夏季休暇中にやりたいことは沢山あった。


 主人公(ギルバート)を鍛えたり、主人公(ギルバート)と買い物したり、主人公(ギルバート)と勉強をしたり、主人公(ギルバート)とダンジョンに潜ったり、主人公(ギルバート)と美味しい御飯を食べたり。


 夏季休暇中にやりたいことはそこそこあったと思う。

 しかしまあ、思うようにいかないのが悪役(オレ)の人生と言うもので……夏季休暇も終わりが見え始めたものの厳しい残暑が身体を照り付ける、8月下旬のそんなある日。




 アトワラス御用達の高級ブティック

 古くから王都で活躍している貴族御用達の高級服飾店

 そんな店に今……



「オーランド様!次はこれを付けてもらえませんか!」


 とても嬉しいのかとても楽しいのか、艶々の黒髪を弾むように揺らしながら近づいて来たケルシーが顔を上気させながら話しかけてきた。その手に色取り取りの(リボン)をもって。


「わかったわかった、そんなに慌てなくてもケシーが選んでくれたものは全部試すよ」


 俺はそんな無邪気なケルシーを宥めつつ、紐を受け取った。



 アトワラス御用達の高級ブティック

 古くから王都でで活躍している貴族御用達の高級服飾店

 そんな店に今……俺はケルシーと2人(・・)で買い物に来ている。


 事の発端はそう……

 今では『真夏のリリィ事件』と関係者から呼ばれる一連の俺とリリィのやらかしの時だ。


 ◇ ◇ ◇


 命よりも大事だと言っていた短剣(マルミアドワーズ)を置いて失踪したリリィに激しく心を乱されてしまった俺は、記憶が戻ってから初めて形振り構わず色々な方面にグリフィア家の権力を行使し、形振り構わず色々な人に協力を要請した。

 その結果……


『この貸しは高くつきますよ』


 ダニエル(やべぇやつ)を始めとした何人かのやべぇ奴に大量に借りを作ってしまった。完全にやらかしてしまった。いやもちろんリリィが見つかったのは嬉しいので、返済を渋るなんて事をする気はない。する気はないのだが……


 しかし、物事には限度と言うものがある。



『オーランド=グリフィア君……君は確かに言った。“私に出来る事であればどんな事でもします、どうかリリィ捜査の為に盟友アトワラスの御力をお借り出来ないでしょうか”と。なのに何故だい?ケルシーとの婚約は君が出来る“どんな事”とやらに含まれていないのかい?そんな事はないはずですよね?』



 ダニエルは憔悴しきっている俺などお構いなしに高額貸し付けをする気満々だったようで、前後不覚状態のあの時の俺と一緒に作った証文まで持ち出してきた。確かに、相手の事情など知った事でないと言えばその通りだが……焦りまくっていた俺を目の前にして微塵も笑顔を崩さずここまでするなんて……貴族怖い。


 当たり前と言えば当たり前なのだが、母上も父上も今回の尻ぬぐいは自分でしなさいと言って完全に突き放してきた。俺は泣きそうになりながらも何とかして各所から借りに借りた大量の借りを返済しようとしたが……1人ではどうにもならないと思った。


 だから……



『あら?ダニエル様……アトワラスの御力がリリィ発見に際して何の役に立ったと言うのでしょうか?浅学なこの身では難しい話がわからないものでして…素人質問で大変恐縮ではございますがダニエル様のお考えをお聞きしても宜しいでしょうか?』



 俺が知っている婚約者(こわいひと)に泣きつく事にした。

 

 そうして、我が敬愛するフェリシア様はあれよあれよと口八丁手八丁で高額な借りを減額していってくれた。捜査費用などの金銭的な問題は母上が解決してくれたので、実際に俺がやるべき事は殆どなくなった。


 そう、ほとんど……

 

 交渉に一番時間がかかったのがダニエルだった。

 フェリシアとダニエルは何度となく話し合いの場を設け、互いに水面下での抗争を繰り広げていた。俺は詳しくわからないが、フェリシアは俺の部屋で何通もの手紙を書いては次々に別の人に渡していた。


『折衷案に持っていくためにも色々と準備がいるのですよ、オーランド様は何も心配する必要はございません。ダニエル(てき)の頭はケルシーです。ケルシー(あたま)を潰してしまえばこちらの勝利は確定です』


 苦労ばかり掛けてごめんようと言った俺に返ってきた言葉は、どうにも不穏だった。敵だの潰すだのと、言っていることは非常に不穏だったのだが……



『うんうん、いいんじゃないかな!ケルシーもそれが良いと言っているからね。それに3時間もあれば色々できるからね色々!ははは!』



 残りの夏季休暇の間

 1日のうちの3時間をケルシーと2人きりで過ごすと言う事に落ち着いた。

 俺の知らないところで俺の時間が売り飛ばされていた。


 ◇ ◇ ◇


「オーランド様の髪色は光のお加減では煌めく黄金にも見えますので、強い色のほうが似合われると思うのです!た、確かに金紫(きんし)は尊く美しくありますが……く、黒もまた、似合うといいなと…思うのです」


 ゲームと違ってとてもよく笑うようになったケルシーにしてはらしくない笑顔を浮かべ、手に持った黒色の(リボン)をそっと後ろ手に隠した。

 

 この世界で黒は不吉な色だ。


 もちろん全部が全部不吉とみなされているわけではないし、俺の瞳の色だって黒色だがこれは結構多いから誰も気にもしない。インクだって基本は黒だし、何でもかんでも不吉と言うわけではないが。

 髪だけはダメらしい。

この世界での髪はその人の魂の色を写し出すとされている。美しく手入れをされた髪は好まれるし、鮮やかな色を放つ髪はそれだけで愛される。もっとも、髪色なんてそんなもん遺伝に決まってんだろうが阿呆と言ってやりたいが、文化や風習というのはそう単純なものではない。それに、この世界の髪色が本当に遺伝なのかどうかもよくわからないし。


 仲の良い者同士で(リボン)を送り合うのはよくあることだ。それも、想い合う男女ともなれば互いの髪色の(リボン)を送り合うのは当たり前で、当然付き合うとなれば貰った紐で髪を結うようになる。


 だが……黒の紐を髪につけたがる者は残念ながら……



「そうかい……じゃあ、結んでみてくれないか?ケシー」



 俺以外には居ないだろうな。


 好意から目を背けるのはもうやめようと思う。

 見えているものを否定するのは最低の行いだ。


 全てを受け入れればいいと言うわけではないが、見ないふりをして目を背けて逃げ続けるというのはやはり最低だ。相手の気持ちを踏みにじっているのと何も変わらない。


「いいんですか!」


 見ると、ケルシーはいつも通りの笑顔に戻っていた。

とても子供っぽくてとてつもない美人さんだが、この女性(ひと)だって自分の髪と同じ色の(リボン)を異性に渡す意味くらいは流石に知っているだろう。


「いいよ?ほら、どうすれば一番似合うかケシーがやってみて」


「は、はい!」


 正直、俺にはまだ好きとか嫌いと言う気持ちはわからない。

 それでも、大切な人達くらいはわかる。






「オーランド様」


「ん?」


 ブティックの貴賓室に通され、姿見の前の椅子に座った俺の後ろに立ちながらああでもないこうでもないと俺の髪をセットしていたケルシーがぽつぽつと話を始めた。


「詳しい話はお兄様も教えてくれなかったですし、フェリシア様も知らなくてよいとお話になってくださいませんでしたが……」


 鏡越しに映るケルシーの顔はとても沈んでいた。


「お怪我をされたのですよね?」


「ん?まあ、ちょっとな」


 流石は異世界と言ったところで、色んな薬をガンガン投与しながら1週間ほど安静にしたら腹に空いた傷はふさがった。俺が目を覚ます前は入れ代わり立ち代わり何十人もの魔術師が治癒術式を展開し続けたと聞いている。短剣(マルミアドワーズ)の切れ味があまりにも良すぎて我ながらザックリ行き過ぎて死ぬかと思った。


「本当にもう大丈夫なんですよね?」


「ああ、もう毎日戦闘訓練をしているし体調は万全だ。ケシーにも心配かけたな」


「私、本当に心配して。お兄様もフェリシア様もオーランド様に会わせてくれませんでしたし、お見舞いにも行かせてもらえず……」


「わるか……」


 謝罪を述べようと口を開きかけて鏡を見ると


「私……本当に、本当に心配して……」


 初めて出会ったあの日以来、2回目になるケルシーの涙を見た。


「何を聞いてもお兄様は問題ないとしか言わず……フェリシア様は怖い顔をして大丈夫だとしか仰られず……私とてアトワラスです。そこまで愚かな女ではありません……独自の情報源くらいはもっております……」


 この世界ではもうずっと笑顔しか見せていなかったケルシーは、鏡越しにぽろぽろと涙を流していた。


「……そうか、心配をかけたな」


「私では役に立てない事ばかり……なのだとわかっています。ですが…どうか…」


 気持ちから目を背け、周囲に心配をかけ……

 はあ………ダメだな俺は…

 


「ケシー、報酬をあげるよ」


 ケルシーはとても優しい子だ。

他人に迷惑をかけるくらいなら自分が不幸になる道を選ぶような子だ。この世界ではどうかは知らないが、少なくともゲームではそういう子だったし今だって人前で涙を流すというマナー違反など気にせず俺の為にボロボロと泣いてしまっている。優しさの上に成り立っているような女性(ひと)が、ケルシー=アトワラスだ。


「報酬………ですか?」


「いつだったか、ギルバートの手伝いをすれば報酬をあげようって約束しただろ?あの報酬だ」


 泣いている姿は見たくない。


「でも、あれは無しだとオーランド様が……」


「いいのいいの、ギルは立派に成長中だしな。それにほら、生徒会では勉強も教えてあげてただろ?だからさ、その報酬を用意するよ。何がいい?」


「え、えっと……なんでもいいのですか?」


「いいぞー?俺に出来る事に限られてるけどな。はっは」


 俺がそう言うと、ケルシーはうんうんと頭を捻りながらしばらく考えだした。どんな無理難題を吹っ掛けられても、出来る事なら叶えてあげよう。大切な誰かが泣いている姿は見たくない。



「で、では……」


 そうしてしばらくの後、ケルシーは徐に口を開いた。




「もう……危ない事をしないと……約束、して欲しいです」




 やっぱり……

 ケルシー=アトワラスは優しい子だ。



「わかった。約束するよ」


 俺は振り返り、鏡越しではないケルシーにそう言った。


お読みいただきありがとう御座います!

幕間は読みたい方だけ読んでください!


2部は1部で不評だった冒険要素を削りに削って元々の半分くらいの長さになっちゃったわけですが、いくつか伏線まで削れちゃったのでその補完用です。

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[良い点]  続編投稿感謝します。気がついたら54話だったので『リメイクされた?』かと思いました。でもリリィ編を一気に読めたので大満足です。  1部より面白さが増してますね。電車の中で読めない系の…
[良い点] いろいろ吹っ切れたオーランドはかっこいい! どんどん人たらしになって欲しい!
[良い点]  きちんと向き合う事になって良きかな。  ゲーム上は悪役でも自分の人生は自分のもの。  オーランド頑張れ!
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