scene.49 VS.リリアナ=フレスヴェルグ Ⅱ
「いやああああああッ!!!!なッ!オーリー!!!なにやってるの!!」
凶行を目の当たりにしたリリィが悲鳴をあげて駆け寄ってきたが……しかし、
「戦ぇえ……リリアナァッ!!!」
近寄って来たリリィに俺は全力で殴りかかった。
だが残念な事に、寝不足と疲労によって明らかに反応が鈍った俺の身体から繰り出される打撃は見るに堪えない程に遅く、打ち出される蹴りは腹部に走る激痛によってその威力を激減していた。
「や、やめてっ!オーリー!しんじゃ!しんじゃうよ!」
当然そんな攻撃がリリアナに通用するはずもなく、彼女は泣きながら俺の拳を止めて、足を止めて、殴り返そうともしてこなかった。
「だったら力づくでグリフィア邸に運べばいいだろうが!!」
「で、できない!できないよ!!オ、オーリー死んじゃうよ!!」
腹部に走る激痛は凄まじく、額には尋常ではない脂汗が滲む
腹に空いた穴から、刻一刻と命が零れ落ちていくのを感じる
それでも、俺は手を緩めなかった。
リリアナ=フレスヴェルグが本気で戦いに来るまで俺は決して拳を緩めるつもりはなかった。
説得はあり得ないし、曖昧に終わらせる気も長引かせる気もなかった。逃がすつもりはなかったし、逃げるつもりも無い。
中途半端な行動を取れば世界が悪役を捻じ伏せにくる。
だからこれでいいんだろ、ハルト?
「どうした!俺の方が優勢だな!!リリアナ=フレスヴェルグ!ッ…………き、聞いていたよりも弱いじゃないか!」
一撃、拳を打ち出す度に意識が軽く飛ぶ
一撃、脚を振るう度に痛みで意識が戻る
この6年グレゴリー先生の下で学んだ武術の基本は見る影もなく、軽口とは裏腹に余裕はまるでなかった。視界は霞んでよく見えないし、手に力は入らなければ滑舌も怪しい。
「本気で来いッ!リリアナ=フレスヴェルグ!俺はお前になど負けはしない!!」
「やッ!やめて!!は、はやく治療しないと!!」
「ふっざけるなよリリアナ……約束1つ守らずに!最強になるって約束は嘘だったのか!この嘘つきやろうが!お前に僅かでも約束を守る気概があるなら今ここで最強を証明しろ!それが出来ないならお前はそこで俺が死ぬ様を見続けろ!舐めてんじゃねぇぞリリアナ!!お前が本気になった程度で俺を殺せるとでも思ってんのか!!」
いよいよもって頭がふらふらとしてきたが……
「いや……ごめ、ごめんなさい……オーリー」
その言葉と同時に、リリアナも俺の意識を刈り取る方向に思考を切り替えてくれたようで、防戦一方だった彼女は全身に鋼のような闘志を纏い、緩慢だった身体は急激にキレを増し始めた。
「来い!!リリアナ!!!」
「……ごめんなさい」
そしてついに、俺の意識を一撃で落とそうとリリアナ=フレスヴェルグの本気の一撃が繰り出された。
なんてことはない、ただの右ストレートだ。
ただ彼女の場合はそれがとても速くて強いってだけで、
当たったら死ぬほど痛くて、
今の俺なら本当に死ぬかもしれないってだけで……
ただ、それだけだ。
これまで何百何千何万と見た彼女の拳を思い出せ
万全の状態でも反応出来ない不可避の一撃を思い出せ
それでも、見えるはずだ
だからこそ、わかるはずだ
リリアナを信じろ!!!
彼女の癖は熟知している。
本気の彼女が最初に繰り出す一撃が右の拳だと言う事も
その拳が寸分違わず的確に額を打ちぬいてくる事も
その速さが尋常ではなく万全でも回避ができない事も
その威力が凄まじく容易く意識を持っていかれる事も
全部知っている!
この世界の誰よりも、悪役はリリアナを知っている!
リリアナが本気になると同時に、
温存していた魔力を全身に漲らせ<纏>を展開する
1分なんて贅沢は言わないし10秒なんて贅沢も言わない
1秒、ただ1秒……
いや、0.1秒でもいい
本気のリリアナの一撃をただ一度躱せればそれでいい……
元よりこれは、そう言う攻略だ。
負傷した身体で無理やりに展開された<纏>が身体を破壊する。
傷口からは血が勢いよく溢れ、命が零れていく。
瞬きの後に迫る死を視る。
目は霞んでよくわからないが、それでもわかる。
リリアナの事ならこの世界で誰よりも知っている。
俺ではもうリリアナに勝てない事はわかっている。
それでも……
今まで一度たりとも回避が叶わなかった最強の一撃は……
最強のヒロインが繰り出す最速の一撃は……
リリアナの一撃は、髪一重の所で俺の額を空ぶった。
まさかこの状態の俺に全力の一撃を回避されるとは思いもしなかったのか、まさかこんな体で<纏>を展開するとは思ってもいなかったのか、豪快に空ぶったリリアナの顔は驚愕に満ちていた。
悪役程度、本気になれば一撃で鎮められると侮ったのであろう。
グレゴリー先生にあれほど教わった次撃確殺のルールを完全に忘れていたリリアナは、次の一手を打つ前に………刹那の隙をさらした。
たった一度、ほんの一瞬
それでも、本気になったリリアナ=フレスヴェルグの一撃をオーランド=グリフィアが回避した。身体にリリアナの武器……短剣による傷を負った悪役が、本気になったリリアナ=フレスヴェルグの一撃を……
ほんの刹那……
戦いとも呼べない戦いだが、悪役は今……
目を見開き、隙を見せたリリアナの無防備になった喉元に…
そこに、優しく短剣を押し付けて
「お前の負けだ……リリアナ=フレスヴェルグ」
勝利を宣言した。
悪役は今……
確かにリリアナ=フレスヴェルグの上を行ったぞ!
「私の負けッ!!負けだから!!!お願いだからもう動かないでッ!!!早く治療しないと死んじゃうよ!!」
顔中をぐしゃぐしゃにしながら敗北宣言をするリリアナ=フレスヴェルグが視界に入ったが、ぼろぼろの状態で<纏>を使った反動か、俺にはもう立っているだけの力も入らなかった。
「勝者の…ッ……命令だ……俺が回復、す、するまで……看病し、しろ」
話を聞かないリリアナは強引に捻じ伏せた。
これで第一段階は乗り越えた。
「わかッ!!わかったから!もう喋らないでッ!!!」
これでリリアナは俺をグリフィア邸に運ぶ。
瀕死の俺を誰かに任すような事は絶対にしない。
リリアナが安心して預けるとしたらグレゴリー先生くらいだ。彼女は自分より強い人間にしかオーランドの面倒を見る事を許可しないからな。
屋敷には今フェリシアが滞在しているし、朝になればマリアも来るだろう。それになにより、グレゴリー先生がいる。
グレゴリー先生は俺が目を覚ますまでリリアナの逃亡も自死も必ず阻止する。リリアナは確かに強いが、現段階ではまだ先生の方が強い……人脈も経験も、リリアナではまだ勝てない。それに、リリアナも命令を了承したからには逃げも隠れもしないはずだ。
「また…………な………」
リリアナには俺が寝ている間にグレゴリーやフェリシアの側で少し冷静になって貰う。話が出来る程度には回復してもらうぞ。
目を覚ましたら最終決戦と行こうじゃないか、リリアナ
お前が何者か思い出させてやるよ。
まあ、目が覚めりゃな……
「オーリー!!!オーリーッ!!す、すぐに運──」
俺が最後にみたのは……
崩れ落ちる俺を抱きとめて何言かを叫びながら泣いている、最強のヒロインの顔だった。
そして、俺の意識は再び暗闇に沈んでいった。
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